なるほど………っておい。
結構前に制作していた話で、著者の若干の黒歴史です。小説の整理をしていたらたまたま見つけたので、折角だしと思い投稿しました。読んでいただけたら、幸いです。
これはある高校の日常会話のお話である。
「はぁ…はぁ…、先生、やっと見つけましたよ」
「よぉ、田中。久しぶりだな」
そんな呑気な先生の言葉は無視し、『理科室』と書かれたプレートのついている部屋の中に俺は入る。そもそもこの先生に気を遣うだけ無駄というものだ。ずかずかと俺は部屋の中に入ってしまう。その姿を先生は見ていたが、特に何も言ってはこなかった。今はそれよりも目の前の机で繰り広げている実験の方に集中している様子で、何か字がずらっと書かれている紙をしかめっ面で確認しながら薬を調合している。暗い部屋で、机のとこだけ電気がついていて、学校内にも関わらずタバコをふかしている先生はどう見てもあやしいおっさんだった。白衣を着ていなかったら、先生と分からなそうだ。服がある意味の目印になっている。
「先生、探しましたよ。早く来てください」
「まぁ待てよ。今いいところなんだ」
こいつ……。
先生は俺の担任の先生兼理科の教師。
生徒の俺から見るにこの先生は、物事にてきとう、先生なのに校内でタバコ吸ってやがる三十代後半になるおっさん。しかもなんだかやる気が無さげな顔つきで、髪はぼさぼさ。ちゃんと手入れしろよ、まったく。しかしこんな人でも一つだけ良いと言っていいところがある。それは一度集中したら滅多なことがない限り集中が切れないことだ。これがこの先生の唯一の取り柄と言ってもいいだろう。でもこの取り柄は今は、逆に厄介なものとなっている。
この教師、俺たちの授業に出てこねぇ。
自分の実験に集中していたのか、俺たちのクラスの授業をほっぽり出してやがる。
まったくなんつー教師だ。
そしてここで何故俺がここにいるのかも説明しておくと、この阿呆教師を遙々探しに来たのである。俺は不幸なことにこのクラスの理科の担当であった。だから当然先生も教科担当の俺が探さねばならないことになってしまったのだ。始めにここだろうと目星をつけて先生を探しに来たのだが、その時はここにはいなかった。多分薬品とか買いに行ってたんじゃないだろうか。…考えるだけでも腹が立つ。それで俺はこの校内をぐるぐる一周した挙げ句、ついさっきここにたどり着けたということである。
何でこんなことやらねばならんのだと思うが、しょうがない。俺は先生の説得を始めることにする。
「あのですね、先生。あなた今何の時間かご存じですか?」
「ふむ……」
俺の呼びかけに先生は体をこっちに傾ける。実験の手は一時的に止めてくれた。座っている部分が回転することができる椅子を回し、俺の方に体を向ける。
「何の時間って、見て分からんのか。実験の時間だ」
「しばき倒しましょうか?」
「おいおい、教師に向かってその話し方はないんじゃないか?」
「授業のチャイムが鳴ってから既に三十分も経ってるので」
「そうかー、そういやお前らの授業があったのか-。悪い悪い」
特に悪いとも思ってない口調。しかもノリが軽い軽い。先生はそして、んーと手を顔に添える。
「それで何で田中は俺のところに来たんだ?」
「あなた頭大丈夫ですか?」
「まぁな」
「………先生を呼びに来たんですよ」
ふぅ、と溜息をつく俺。
もうここまで来ると、呆れを通り越して脱力。
「そうか、それはすまなかったな」
「すまないと思うんでしたら、始めから授業に来てください」
「分かった分かった。しょうがないな、田中」
「先生、俺の名前田中じゃないです」
「……お?」
驚いた顔で先生は聞き返す。
その反応は俺がするものだと思う。俺の名前は竹田なのだ。今まで何故田中と呼ばれていたのか分からないのはこちらである。確認の為にもう一度名前の訂正をする。
「だから、俺の名前は田中じゃないです。竹田です」
「ほー…、そうだったのか。悪いな、田中」
「だから竹田です」
こいつ人の話を聞いていないんじゃないか。
先生は、はいはいと言いながら椅子から立ち上がった。絶対聞いちゃいねぇ。手を上に上げて大きく伸びをする。口に咥えていたタバコを吸い殻入れに放り込んだ。
「うっし、じゃあこれから授業に出るか」
「後、十分ほどしか残ってないですけどね」
「まぁそんな細けーことは気にすんなや」
「細かくないです、全然細かくないです」
「そうかぁー?」
「……………こんな人が先生だなんてどうしても信じられません」
「頬をつねってあげようか?」
「結構です」
丁重にお断りしておく。男で、しかもおっさんに頬をつねられるなんて経験値を貯めたくないわけだし。それに単純に嫌だし。悪寒がするし。先生はそんな俺を見てあっはっはと笑う。
「そんな真に受けんなや。冗談だよ、冗談」
「だと良いんですけどね」
俺は肩をすくませる。この人の冗談はどこまでなのか分かったもんじゃない。
なんとなく俺は口を開く。
「こんな人が先生なんておかしいですよ。どうなってるんですか、ここは。だってこの人さっきまでふつーに喫煙してたし、授業をサボってるし。駄目ですよ」
「いや、駄目なのはお前らだよ」
「は?」
真顔で言う先生に俺は唖然として聞き返す。
何で俺たちの方が?
どういう根拠で?
俺の当然の疑問に出入り口のドアまで歩いた先生は答えた。
「だってよ、こんな俺みたいな教師がいる学校にお金払って通ってるのはお前らだろう」
それだけ言い、先生はドアを開け外に出た。
だんだん外から聞こえる足音が遠ざかっていく。おそらく先生は俺たちの授業に向かったのだろう。
一人ぽつんと残った俺は、呟きを洩らした。
「なるほど………っておい」
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