保護者を満足させてあげるお話
花の乙女の終わりを見届けたはずのその足が踏みしめていたのは、見慣れた荒野でも、王宮の冷たい床でもなかった。
アスファルト。
頭上を見上げれば、無機質な高層ビル群と青空が広がっている。
「…異世界、か。魔力が満ちているね。僕たちの身体も、どうやら完全にこの世界のモノとして定着しているようだ」
「フン、異界の門が開いたかと思えばこのザマか。…仕掛け人はあの忌々しい魔女あたりだろう。まったく、悪趣味な余興を」
ユルリッシュは不機嫌そうに肩をすくめたが、その瞳には焦りなど微塵もない。
テオもまた、己の手のひらを握り締め、新たな世界の感触を確かめるように微笑んでいた。
そんな最強の二人に、おそるおそる声をかける影があった。
「だ、だだ、大丈夫…ですか…?」
そこにいたのは、極度のコミュ障を絵に描いたような少女…いや、女性だった。
黒ぶち眼鏡の奥の瞳を泳がせ、縮こまっている。
身長は150センチそこそこ。
童顔で、一見すれば中学生か高校生だ。
しかし、衣服の上からでも分かるその体型は、驚くほど肉付きが良く、ふくよかな胸が自己主張している。
子供のような顔と身長に、アンバランスで色っぽい身体。
矛盾に満ちたその姿に、二人は眉をひそめた。
彼女の名は「高橋 百合」。
事情を聴けば、ここは彼らの知る歴史とは完全に切り離された異世界。
そしてこの世界には、彼らの戦いを描いた『花騎士』という「物語」が存在するという。
「ゆ、夢じゃ、ない…お二人は、私の…その、人生の『最推し』なんです…っ!」
百合は胸の前で小さな手をぎゅっと組み、潤んだ瞳をキラキラと輝かせた。
その中に下劣な欲望はなく、ただ純粋で、真っ直ぐな、祈りにも似た「大好き」が詰まっている。
そのあまりのひたむきさに、ユルリッシュは小さく鼻を鳴らした。
「ほう。オレ達の輝きを正しく理解しておるか。そこらの野良猫にしては、見所のある眼だ」
「うん、僕たちのことをそんな風に想ってくれるなら、君を僕たちの『臣』にしてあげてもいいよ」
だが、身分を証明する術のない異世界だ。
テオは悪戯っぽく微笑み、彼女の出方を試すように首を傾げた。
「でも困ったな。僕たち、他に行き場もないんだ。…ここで、君にお世話になってもいいかい?」
普通なら、素性の知れない男二人を前に警戒するはずだ。
しかし、百合はパッと顔を輝かせた。
「う、嬉しい…です!よろしくお願いします!」
(こいつ…大丈夫か…?)
二人の天才の脳裏に、同時に凄まじい危機感が走った。
このあまりにも無防備な女は、今までどうやって生きてきたのか、と。
…しかし。
その心配は、完全に杞憂に終わることとなる。
眼鏡を外すとさらに幼くなる百合だったが、その中身は、若かりし頃にブラック企業で残業と休日出勤を限界までこなし、莫大な富を荒稼ぎした「元・猛者」だった。
さらに彼女はその資金を、現代の魔術とも言える「手堅い資産運用」に投資。
今や、何もしなくても莫大な不労所得が転がり込んでくる、暇と金を極めた最強の引きこもりだったのだ。
「生活費は全て私が出します。親への仕送りも、二次創作の予算も、福祉団体への寄付金も、全部引いた後の『余剰分』の一部を回すだけですので、お二人の毎日の『お小遣い』もこれでバッチリです!」
それだけではない。
暇を持て余した彼女は、お抱えの弁護士を動かし、前職で培った無駄に高い事務能力を発揮。
数日後には、ユルリッシュとテオの「本物の戸籍」「住民票」「マイナンバーカード」、果ては銀行口座まで完璧に揃えてみせたのだ。
この世界の国家権力すら欺く完全なる合法化。これには流石の二人も目を見張った。
「ふむ。口座に毎日、オレ達の小遣いとやらが貯まっていくな。至れり尽くせりではないか」
「本当にね。で、ユルリッシュ。僕たちは今後どう動く?」
「どうもこうも、此度の旅に目的などない。この世界独自のラグジュアリーな生活とやらを、せいぜい楽しんでバカンスと行こうではないか」
全てが完璧。何不自由ない異世界ライフ。
だが、二人には一つだけ誤算があった。
それは、百合が「暇になりすぎて、承認欲求を拗らせていた」ということだ。
ある日の午後。
最高級のソファに寝そべるユルリッシュと、その傍らで紅茶を飲むテオの姿を、百合がスマホで連写していた。
「あぅ、最高です…お二人が画面に収まってるだけで、こんなに尊い…っ」
百合は二人の許可を得て、その写真を「SNS」に投稿した。
直後、スマホが壊れたかと思うほどの通知音が鳴り響く。
瞬く間に何万もの「いいね」と「羨ましい」「尊すぎて死ぬ」というコメントがつき、タイムラインは文字通り大バズり。
百合はスマホを握りしめ、ふへへ、とにやにやと締まりのない笑みを浮かべて悦に浸っている。
その様子を冷ややかな、しかしどこか呆れた目で見つめる二人。
「…一応、僕たちの恩人だしね。あんなに嬉しそうなら、好きにさせてあげようか、ユルリッシュ」
「フン。オレ達を囲うだけの金を所有することを示し、臣として十分な働きをしておるのだ。写真をネットに上げる程度、王の寛大さで見逃してやろう」
二人の言葉に、百合はハッと我に返り、勢いよく頭を下げた。
「か、寛大な御心に感謝します…!一生ついていきます!」
こうして、Xの更新は継続されることとなった。
ついこの間まで「国のツートップ」だった二人が当面の目標としたのは…「臣として働く百合を、その働きの分だけ満足させてやること」。
贅を尽くしたタワーマンションの一室で、現代の不労所得の恩恵を受けながら、ゲーム内ではチートキャラだった国王とその乳兄弟は今日もSNSをバズらせていく。
歪で、けれどこれ以上なく甘やかされた、三人のハチャメチャな日常はまだ始まったばかりだ。
「…ユルリッシュ、これ美味しいね。冷たくて、ほんのり蜂蜜の香りがする」
「フン、一般市民の作った冷菓にしては合格点だ。だがオレの宮廷にある美酒には遠く及ばんな」
タワーマンションの特等席で、1個数千円はする最高級オーガニックアイスクリームを優雅に味わう二人。
百合は拝むように手を合わせながら、新調した一眼レフカメラのシャッターを切った。
レンズの向こうでは、白く滑らかなテオの指先と、ユルリッシュの尊大な、しかし満足げな表情が最高級の照明に照らされている。
彼女はすぐさま、このために開設したXの専用アカウント【アクアマリン日記】に写真を投稿した。
『今日の推し活。お二人に特別なアイスを献上しました。美味しいって言ってもらえて、私のライフはもうゼロです…!(※顔出しの許可はいただいています)』
フォロワー数数百万人を抱える【アクアマリン日記】の威力は、現代日本の経済を揺るがすレベルに達していた。
投稿からわずか数時間後。ネット上は大騒ぎになり、トレンドには「高級アイス」「アクアマリン日記」「売り切れ」の文字が並ぶ。
「あわわわわ…!」
スマホの画面を見て、百合は泡を食った。
全国のデパートや高級スーパー、公式オンラインショップの在庫が、瞬く間に「売り切れごめん」の全滅状態になったのだ。
一個数千円のアイスを数万人が一瞬で買い占めるという、凄まじい経済効果。
「どうしたオレの子猫。妙な声を出すな」
「あ、あの…お二人が召し上がったアイス、日本中から消え失せました…」
「はは。僕たちの影響力がこの世界の市場を動かしちゃったみたいだね。面白いな」
テオがのんびり微笑んでいると、百合のスマホに一通のダイレクトメール(DM)が届いた。
送り主は、まさにその高級アイスの製造メーカー公式アカウントだった。
画面を覗き込んだ百合は、自身の「無駄に高い事務能力」のスイッチをパチリと入れた。
コミュ障のオタクから、かつてブラック企業でならした冷徹なビジネスパーソンへと脳内が切り替わる。
「百合、何て書いてあるんだい?」
「メーカーさんからです…『御社(?)のアカウントのおかげで数年分の在庫が消し飛びました。つきましては、プロモーションの資金援助をさせていただきたい。あるいは、お礼に現物を送らせてほしい』とのことです」
ユルリッシュは傲然と鼻を鳴らした。
「フン。王を広告塔にするなど不遜極まるが、貢ぎ物を持ってくるというのなら…」
「ダメです、ユルリッシュ様!」
「ぬ?」
百合はシュバババッと驚異的な速度でキーボードを叩きながら、真剣な目で言った。
「私は表向き『非公式のなりきりコスプレアカウント』という体裁にしています。下手にメーカーからお金を受け取れば、世間から『ステマ』だと叩かれ、お二人の尊いお写真に泥を塗ることになります!お金は私の不労所得で十分足りていますので、資金援助は断固拒否です!」
その徹底した防衛策と王への忠誠に、ユルリッシュも「ほう…」と感心したように眉を上げる。
「ですが!」
百合は不敵な笑みを浮かべ、眼鏡をキラーンと光らせた。
「お金は受け取れませんが、現物は別です。お二人が『新しいフレーバーを寄越せ』…コホン、『新しいフレーバーも食べてみたいと仰せです』と返信しておきました。もちろん、非公式のファン活動として、お礼の品を個人的に美味しくいただくという形にします」
「ふふ、さすが百合だね。交渉上手だ」
「当然です!お二人に極上の貢ぎ物を届けるのが私の役目ですから!」
数日後。
百合の元に、メーカーが極秘裏に開発していた「未発売の新フレーバー(超高級トリュフ&ベリー味)」が、厳重なクール便で大量に届いた。
もちろん【アクアマリン日記】には、何食わぬ顔で『メーカー様からお中元をいただきました!未発売のフレーバー、お二人の感想は…』という文言と共に、世界最速の「大々的なマーケティング」写真がアップされる。
「ほう。これは先日のものより、さらにオレの口に合うな。作り手よ、褒めて遣わす」
「僕もこれ好きだな。百合、明日もこれ食べたいな」
「へへ、喜んでいただけて何よりですぅ…」
二人の満足げな顔を見て、承認欲求と推しへの愛をこれ以上ない形で満たされた百合は、ふにゃりとだらしない、けれど最高に幸せそうな笑みを浮かべて、今日もXのタイムラインを監視するのだった。
新フレーバーの高級アイスを連日美味しくいただいた結果、百合の身体には、元からの「ムチムチの肉付きのいい体型」に拍車がかかっていた。
顔と身長だけを見れば子供のように愛らしいのに、衣服の隙間から覗くお腹は、ちょっとだらしなくて、けれどひどく色っぽい。
ソファに腰掛け、ノートパソコンで資産運用の推移をチェックしていた百合の背後に、いつの間にかテオが音もなく立っていた。
「ねえ、百合。最近、ちょっとここが豊かになったんじゃないかい?」
「ひゃんっ!?」
細く白い指先が、百合の無防備なわき腹へと容赦なく沈み込む。
肉付きのいいお腹を「もちっ」と掴まれ、百合は変な声を上げて飛び上がった。
「これ、弾力があってすごく心地いいよ。ユルリッシュも触ってみるといい、癖になりそうだ」
「ほう?子猫の分際で、オレの乳兄弟を癒やす極上のクッションを用意したというわけか」
「ちょっと、ユルリッシュ様まで…!あぅ、やめてください、気にしてるんですからぁ…っ!」
王の黄金の指先までが加わり、左右から容赦なくもちもち、ぷにぷにと揉みほぐされる。
国王とその乳兄弟に挟まれ、至近距離でその美貌を拝みながらお腹を揉まれるという、全人類が気絶するようなシチュエーション。
百合は顔を真っ赤にし、眼鏡をがたつかせながら、必死の思いでカメラのシャッターを切った。
撮影したのは、二人の美しい手が、自分のふくよかなお腹を容赦なく挟み込んでいるシュールな手元の写真。
百合は逃げるように自室へ駆け込み、悶えながらSNSに投稿した。
『今日はお二人が撮影係のお腹をもちもちしてます…気にしてるからやめて…(涙)』
いつもは完璧な二人の写真ばかりだった【アクアマリン日記】に、初めて「撮影係(百合)」の存在が強く滲み出た投稿。
送信ボタンを押した瞬間、百合は「あ、やってしまった…!」と心臓をバクバクさせた。
オタクの我を出しすぎただろうか。
嫉妬の炎に包まれたアンチから「撮影係邪魔」「調子に乗るな」と大炎上するかもしれない…。
百合は掛け布団を頭から被り、おそるおそるスマホの画面をリロードした。
通知欄が爆速で明滅する。
『撮影係可哀想。でも羨ましいwww』
『このお腹の肉付きは完全に女の子やろ、セクハラでは?w』
『↑いや、そのコメントの方がセクハラだから!撮影係さんドンマイ!』
『むしろ撮影係のお腹になりたい。手触り絶対いいやつじゃん』
『主従関係が相変わらず最高すぎる』
「…っ!」
スマホを握りしめたまま、百合はベッドの上で勢いよくガッツポーズを決めた。
「セーフ…!!」
アンチが湧くどころか、コメント欄は撮影係への同情で大盛り上がり。
炎上を回避したどころか、「撮影係と二人の空気感がリアルで尊い」と、さらにファン層を強固なものにしてしまった。
リビングに戻ると、ユルリッシュがフハハと愉快そうに笑っていた。
「何を一喜一憂しておるか。オレ達が愛でてやったのだ、ネットとやらも、その価値を正しく理解したまでのこと」
「うん。百合のお腹が柔らかくて素晴らしいってこと、みんなにも伝わったみたいで良かったよ」
「…もう、お二人とも確信犯だったんですね!?」
百合は真っ赤な顔のまま、プンプンと怒った振りをしてみせる。
しかし、その胸のうちは、推しに触られた興奮と、承認欲求が120%満たされた幸福感でいっぱいだった。
だらしなくも愛らしい臣下を、二人のチートキャラは今日も極上の退屈しのぎとして、甘やかし、からかい続けるのだった。
うららかな陽気に包まれた午後、百合の邸宅にある広大な日本庭園では、見事な枝ぶりの桜や季節の花々が咲き誇っていた。
生垣が厚く巡らされ、外部からは絶対に覗けないそのプライベート空間で、国王とその乳兄弟が優雅に杯を傾けている。
「ほう。この世界の酒にしては、雑味がなく澄んでおるな。花の香を邪魔せぬ引き立て役に徹しておる」
「本当だね、ユルリッシュ。すっきりしていて、いくらでも飲めそうだ」
百合が用意したのは、一本数万円は下らない、知る人ぞ知る極上の純米大吟醸。
木漏れ日に照らされ、美酒にほんのり頬を染めるユルリッシュとテオ。
その神々しい姿を、百合は息を潜めてカメラに収めた。
背景の庭園、咲き乱れる花、そして圧倒的な美貌の二人。
どこを切り取っても「奇跡の一枚」にしかならない。
百合はすぐさまSNSに投稿した。
『今日はお二人が庭の花を愛でてます。お酒が美味しいみたいで良かった…!』
いつも通りの尊いお写真。
だが、フォロワーたちの注目は、二人の美貌もさることながら、その「背景」にも集まった。
瞬く間に流れてくるコメントを、百合はスマホで追いかける。
『お庭綺麗すぎる…!』
『設定が相変わらず凝ってるなぁ。アクアマリン日記さん、ロケ地選びの天才?』
『これどこのスタジオですか?もしかしてCG加工?リアルすぎて草』
『背景のボカし方といい、世界観の作り込みがガチプロのそれ』
『今日もお二人が美しくてなによりです、眼福眼福』
画面を見ながら、百合は心の中でそっと呟いた。
(…いや、ガチのうちの庭なんだよなぁ)
完全に不労所得だけで暮らす百合の資産額からすれば、都内の一等地にこれだけの庭付き豪邸を構えるなど造作もないこと。
だが、一般のフォロワーからすれば、そんなラグジュアリーな空間が「個人の持ち物」だとは夢にも思わないらしい。
(生垣を高く作ってあるし、周辺の景色も映らないようにしてるから、確実に身バレはしないと思うけど…みんなの発想が斜め上で面白いな)
百合がそんな風に内心で苦笑している間も、二人は何も気にせず、贅沢な花見酒を楽しんでいる。
ひらりと舞い散る花びらを指先で受け止めるテオと、それを眺めながら満足そうに杯を干すユルリッシュ。
(はぁぁ…今日も推しが神々しい…。生きてて良かった…)
胸の前で手を組み、限界オタク特有の恍惚とした表情で二人を拝む百合。
この光景を見られるなら、いくらの庭だろうが、いくらの酒だろうが安いものである。
そして、案の定というべきか。
夕方になる頃には、二人が飲んでいた純米大吟醸の銘柄がフォロワーたちによって特定され、ネット通販サイトから瞬く間にその姿を消した。
「あ、また…」
百合のスマホに、該当のお酒メーカーから悲鳴のような、しかし歓喜に満ちたダイレクトメッセージ(DM)が届く。
『アクアマリン日記様!!おかげさまで、今年度分の限定大吟醸がすべて完売いたしました…!信じられないほどの注文が殺到しており、蔵人一同、嬉し涙を流しながら発送作業に追われております。本当に、本当にありがとうございました!』
(うわぁ、お二人の影響力がやっぱり凄すぎる…!)
百合は二人の持つ絶大な経済効果に改めて戦慄した。
しかし、ここでの有能なフォローを忘れないのが元ブラック企業戦士である。
シュバババッと指を動かし、メーカーへ丁寧な返信を打ち込んでいく。
『こちらこそ、お二人に最高の時間を過ごしていただけて感謝しております。…ちなみに、お二人とも「雑味がなく、澄んでいて美味しい」「いくらでも飲める」と、大変そのお酒を褒めていらっしゃいました。これからも美味しいお酒を造り続けてください。応援しております!』
メーカーの職人魂をこれ以上ない形で賛美し、こっそりと推しからの直々の評価を伝える。
DMを受け取ったメーカー側が、今度こそ嬉しさのあまり大号泣しているとは知らず、百合は「よし!」と満足げにスマホを閉じた。
「子猫よ、酒が尽きたぞ。次の獲物を持ってまいれ」
「あ、はい!ただいま、冷えた新しいのをお持ちします!」
不労所得の権化たる臣下は、神々しい二人の王に最高の美酒を捧げるため、今日もにこやかにラグジュアリーな冷蔵庫へと走るのだった。
「次のお二人のワンショット、どうしようかなぁ…」
リビングのデスクで、百合は贅沢な悩みに頭を抱えていた。
高級アイス、お庭での花見酒と、タイムラインを震撼させるショットを連発してきた【アクアマリン日記】。
フォロワーたちの目が肥えてきた今、次なる一手は並大抵のクオリティでは満足してもらえないかもしれない。
元ブラック企業の社畜戦士としての血が、無駄に騒いでいた。
ふと、リビングの主役に目を向ける。
そこには、言葉を失うほどの「奇跡の光景」が広がっていた。
最高級のローソファの上。
テオがしなやかな足を伸ばして座り、その膝の上には、なんとあの唯我独尊を体現するアクアマリン王国の国王・ユルリッシュが頭を乗せていた。
さらりと揺れる黒髪。
いつもは鋭く周囲を威圧する黄金の瞳は、今は柔らかな瞼の裏に隠されている。
規則正しい、静かな寝息。
乳兄弟の膝枕という至高の揺り籠の中で、国王は完全に警戒を解き、無防備に眠りこけていた。
(ゆ、ゆゆゆ、ユルリッシュ様が…膝枕…ッ!?)
百合の心臓がマッハで暴れ出す。
これはスクープだ。
全人類が見るべきオタクのためのサービスショットである。
百合は震える手で一眼レフカメラを構え、ファインダー越しに焦点を合わせた。
カシャッ、カシャシャッ!!
興奮のあまり、静音モードにするのを忘れて連写してしまった。
乾いたシャッター音が静かなリビングに響き渡る。
しまっ、と百合が息を呑んだ瞬間、テオがゆっくりとこちらを振り向いた。
「しー…。それ以上はカメラの音がうるさくて、ユルリッシュが起きちゃうよ」
テオは美しい人差し指を自身の唇に当て、悪戯っぽく微笑んだ。
その眼差しは優しく、同時に「これ以上王の眠りを妨げるな」という無言の圧も含んでいる。
「ふぇっ…!す、すみませんっ…!」
百合は声にならない悲鳴を上げ、咄嗟に脳細胞をフル回転させた。
カメラのシャッター音はこれ以上響かせられない。だが、この「しー…」というテオの世紀の美貌と、その膝でピクリとも動かず眠るユルリッシュの尊すぎる姿を、ここで諦めるわけにはいかない…!
(…動画だっ!!)
百合は驚異的な事務処理能力とオタクの執念で、一秒足らずの間にカメラの設定を「動画撮影」へと切り替えた。
無音のまま、静かに回り始めるレンズ。
動画の中央には、穏やかな寝息を立てるユルリッシュ。
そして、カメラに向かって優しく「しー」と微笑みかけた後、愛おしそうに王の金髪を細い指先でそっと撫でるテオの姿が、鮮明に記録されていく。
贅を尽くしたリビングに流れる、あまりにも穏やかで、神聖な時間のワンショット。
百合は数秒の動画を切り取ると、もはや自身の承認欲求すら消し飛ぶほどの使命感に駆られ、そのままSNSへ直行した。
『動画です。お二人の邪魔をしないように、撮影係は気配を消します…(静かに息を引き取る絵文字)』
送信ボタンが押され、タイムラインにその動画が放流された。
直後。
【アクアマリン日記】の通知欄は、これまでの経済効果の騒ぎすら生ぬるく思えるほどの、文字通りの「大爆発」を起こした。
あまりの勢いにスマホが一瞬フリーズし、再起動した画面には、全フォロワーによる狂喜乱舞の断末魔が埋め尽くされている。
『ぎゃーーーーーーーーーーー!!!!(大歓喜)』
『待って無理尊死した。え、現実??これ現実の映像???』
『テオの「しー」で無事死亡。ユルリッシュ様の寝顔が尊み高すぎて天を仰いだ』
『動画にした撮影係、有能すぎだろこれ!!』
『なりきり最大手。こんな神映像を無料で見ていいんですか…!?』
『撮影係さん生きて!!!お願いだから息をして!!!』
ベッドに倒れ込み、スマホの画面を見つめながら、百合は「ふへ、ふへへ…」とだらしない笑みを漏らしていた。
「みんな、叫んでるなぁ…。わかるよ、その気持ち」
今回の投稿は、経済を動かすどころか、フォロワーたちの情緒を完全に消し飛ばしてしまった。
リビングからは、相変わらず静かな寝息と、それを優しく見守るテオの衣擦れの音だけが聞こえてくる。
不労所得で買い占めた極上の空間で、百合は今日も推したちの神々しさに命を救われ、そしてネットの海に特大の爆弾を投下し続けるのだった。
百合の私邸にある浴室は、ちょっとした高級スパやホテルの大浴場と見紛うほど無駄に広かった。
湯気を遮る全面ガラス張りの向こう、美しくライトアップされた浴槽の前で、百合は両手に高級な布地を握りしめ、モジモジと佇んでいた。
「あ、あの…お二人さえよろしければ、なのですが…。その、お二人の水着姿を…映させていただけたりとか、しないでしょうか…?」
眼鏡の奥の瞳をうるうるとさせ、小動物のようにチラッ、チラッと二人のご機嫌を伺う百合。
身長150センチの童顔でそんな風に見つめられると、それだけで庇護欲をそそるものがある。
おまけに彼女の後ろには、最高級の入浴剤と、キンキンに冷えた一瓶数万円のシャンパン、そして二人のために用意された極上の水着が完璧にセッティングされていた。
ユルリッシュとテオは、顔を見合わせて小さく笑った。
これまで百合が差し出してきた献上品に、今のところハズレは一切ない。
何より、暇と不労所得のすべてを自分たちへの「大好き」に注ぎ込み、こうして健気に尽くす臣下の願いだ。
国王として、その乳兄弟として、無下に断る理由もなかった。
「フン、子猫め。オレ達の肉体を拝みたいがために、これほどの贅を尽くしたか。よかろう、その忠義に免じて湯殿の暇つぶしに付き合ってやる」
「ふふ、ありがとう百合。君の用意してくれるものはいつも最高だからね。ボクたちも楽しみだよ」
「ひゃぅ、ありがとうございます…っ!」
数分後、無駄に広い浴槽には、高級入浴剤によって淡い琥珀色に染まった極上の湯がなみなみと注がれていた。
そこに、仕立ての良い水着を身に纏い、彫刻のように完璧な肉体を湯に浸からせる美貌の国王とその乳兄弟の姿。
パチパチと弾けるシャンパンの泡の音が、心地よく響く。
百合は浴室の隅でスマホを構え、あまりの神々しさに鼻血が出そうになるのを必死に堪えていた。
すると、お酒が入っていい気分になった二人が、カメラのレンズに向かって、ふっと視線をくれた。
「ふふ、みんな見てるかい。前のお酒も美味しかったけど、このシャンパンもなかなかだよ」
テオが濡れた髪をかき上げ、グラスを傾けながら優しく微笑みかける。
さらに、その隣で不遜に唇を吊り上げたユルリッシュが、贅沢に立ち上る湯気を手で払いながら言葉を紡いだ。
「ネットの向こうの市民ども、この入浴剤はなかなかに香りが良いぞ。オレの肌を潤すに足る、誉れ高き逸品だ」
(あっ…これは、ファンサだ…!)
限界オタクとしての野生の勘が、百合の脳内で警報を鳴らした。
二人が気まぐれに、画面の向こうのフォロワーに向けて直接語りかけている。
これをただの写真で終わらせては一生の不覚!
百合は一瞬の迷いもなく指を滑らせ、爆速で動画モードへと切り替えた。
お二人の、鼓膜を極上でとろけさせるような「生ボイス」が、完全にスマホへと記録されていく。
百合は震える手で、その極上の動画をSNSに放流した。
『動画です…!お二人が無駄に広いお風呂で、最高のファンサをくださいました…。撮影係の鼓膜は今、爆破されました…』
タイムラインへの投稿から、わずか数秒。
これまでは「美貌のビジュアル」だけで世界を震撼させていた【アクアマリン日記】に、初めて「声」という概念が加わったのだ。ネットの海は、かつてない規模の超大津波に襲われた。
『ぎゃあああああああ声!!!!!本物の声が入ってる!!!!!』
『「みんな見てるかい」で心臓止まった。見てる、見てるよテオ!!泣』
『ユルリッシュ様の「市民ども」がご褒美すぎて無理、耳が孕む、キュン死した』
『アイス、酒に続いて、今度はこの入浴剤とシャンパンが日本中から消えるな…』
『撮影係さん本当にお願いだから音声付きブルーレイで発売して、全財産出す』
『キュン死者続出で日本の人口減るレベルの破壊力』
湯船から上がったユルリッシュが、バスタオルを羽織りながら、スマホの画面を凝視してブツブツ呟いている百合を見下ろした。
「おい子猫。ネットの向こうの連中は息をしておるか?」
「あ、はい…みんなキュン死したって言ってますけど、元気に生きてコメント欄で暴れてます…!」
「あはは、みんな強いね。ボクたちの声、喜んでもらえて何よりだよ」
テオがクスクスと笑い、百合の少しだらしない、けれど色っぽい濡れたわき腹を、お返しのようにつついた。
不労所得を注ぎ込んで用意した無駄に広いお風呂。
そこで得られたのは、ネットの海を完全に消し飛ばすほどの、甘美で、あまりにも贅沢なファンの悲鳴と、推したちの極上の満足げな笑顔だった。
お風呂ボイスの特大爆弾から数日、百合はリビングのソファで、いつも通り不労所得の資産運用画面とSNSのタイムラインを交互にチェックしていた。
あの奇跡の動画の反響は凄まじく、今や【アクアマリン日記】は「世界最高峰のクリエイター集団が裏にいるのでは」と噂されるレベルに達している。
そんな中、コメント欄にいくつかの、オタクとしては見過ごせない書き込みが流れてきた。
『これだけロケ地も衣装もクオリティーが高いなら、撮影係さんもコスプレ行けるのでは?』
『この最新の映像技術とAI加工なら、どんな人でも加工でいくらでも美化できるでしょ(笑)』
そのコメントを目にした瞬間、百合の中で「元ブラック企業の敏腕事務」としての冷静さと、「限界オタク」としての強火なプライドがパチリと火花を散らした。
(私のようなムチムチのコミュ障アラサーが生身のコスプレなどおこがましいのは百歩譲っていいとして…お二人のあの神々しさを『加工技術のおかげ』だなんて、推しへの冒涜、断じて看過できない…っ!)
百合はシュバババッと、恐ろしい速度でリプライを返した。
『撮影係は生身の醜悪な人間なのでコスプレは逆立ちしても無理です。…あと、当アカウントの投稿についてですが、お二人の顔や体型に対するデジタルな「加工・修正」は、エフェクトも含めて一切行っておりません。すべて現物のままです』
事務的かつ、事実を淡々と述べただけの返信。
それを送信した直後、タイムラインが一瞬、ピタッと静止した。
まるでネットの向こうの何百万人というフォロワーたちが、一斉に息を呑んだかのような、奇妙な沈黙。
そして数秒後。
その「一言」の意味を正しく理解したフォロワーたちによって、コメント欄が前代未聞のパニック状態に陥った。
『…え?』
『待って。今、加工一切なしって言った???』
『ユルリッシュ様とテオ様、まさか加工ほとんどないの!?!?』
『あの二次元から飛び出してきたような輪郭も、陶器みたいな肌も、全部ガチってこと!?』
『化粧だけであの人間離れした美貌ってこと!?!?』
『待って!待って!!!じゃああの骨格も、お風呂動画のあの彫刻みたいな腹筋も、全部現実の肉体なの!?!?』
『撮影係さん嘘でしょ!?リアルにあれが存在する地球、ヤバない???』
怒涛の勢いでスクロールしていく、フォロワーたちの驚愕と混乱の叫び。
スマホの画面が熱を帯びるのを感じながら、百合は胸の奥から湧き上がる、この上ない全能感に身を震わせていた。
(ふ、ふへへ…そうだよ…。お二人は加工なんかじゃ収まらない、乙女ゲームの至高の存在、攻略できないキャラの国王陛下とその乳兄弟なんだから…!はぁぁ、私の大好きな最推しが世界に認められていくの、最高に気持ちいい…!!!)
胸の前で小さな手をぎゅっと握りしめ、恍悶とした表情でキラキラと目を輝かせる百合。
彼女の承認欲求と推しへの信仰心は、この瞬間、完全に限界突破していた。
そんな臣下の様子を、特等席で高級なお茶を嗜んでいた二人が、不思議そうに眺めている。
「子猫よ、何を一人で気味の悪い笑みを浮かべておる。ネットの民がまた騒いでおるのか?」
「うん。何だかコメントの勢いがさっきの数倍になってるみたいだけど、百合、どうかしたかい?」
テオがのんびりと首を傾げると、百合は眼鏡の奥の目をこれ以上ないほど輝かせて振り返った。
「お二人とも!世界が、お二人の美しさは加工なんかじゃないってことに気付いて、ひれ伏しています!!」
「フン、当然だ。オレ達の輝きをまやかしなどと同列に扱っていたこと自体が不遜なのだ。ようやくネットの向こうの市民どもも、己の不明に気付いたようだな」
「ふふ、ボクたちの身体はこれが『本物』だからね。百合が誇らしげで、ボクも嬉しいよ」
誇らしげに胸を張るユルリッシュと、優しく微笑むテオ。
現代のどんな高度な映像技術をもってしても、彼らという「存在の神々しさ」には決して届かない。
その真実を世界に知らしめた百合は、今日も不労所得の王者にふさわしいラグジュアリーな空間で、極上の優越感に浸るのだった。
「無加工」の真実が世界を震撼させてから数日。ネットの海は、かつてない狂乱に包まれていた。
『待って、CGじゃないなら今すぐ都内を探せ!!』
『あのレベルの美形二人が歩いてたら絶対目立つだろ!』
『ロケ地がガチの庭なら、都内の一等地にでっかいお屋敷があるらしいって噂、本当かも…』
画面の向こうで血眼になって「生のユルリッシュとテオ」を探すフォロワーたち。
タワマンの最上階から都内の景色を見下ろしつつ、百合は当初、高を括っていた。
(ふへへ、お二人とも超絶引きこもりだし、生垣も完璧だからバレるわけがないんだよなぁ…)
しかし、タイムラインに「都内一等地の豪邸」というワードが並び始めた瞬間、百合の背筋に冷たいものが走った。
(え…?待って、お屋敷の噂まで辿り着いてる!?さすがにそれはガチでヤバいかも…!!)
ブラック企業戦士としての危機管理センサーが激しく警報を鳴らす。
さすがに身バレすれば、このラグジュアリーな引きこもりバカンス生活が脅かされてしまう。
焦る百合を他所に、ユルリッシュとテオはソファで優雅に現代の高級スイーツを楽しんでいた。
そんな中、あるひとつの投稿がタイムラインを爆破した。どこかの通行人が、私邸の敷地外から偶然、一瞬だけ生垣の隙間に見えた三人の姿を捉えた盗撮写真だった。
『ガチで本当にお美しいユルリッシュ様とテオ様がいた!!!本当になりきりのクオリティーも凄かったよ!ちなみに撮影係さんもブスではなかった!服装はちょっとだらしなかったけど可愛い系!出ても大丈夫そう!』
ネット上は「本物がいたー!!」と大騒ぎ。
奇しくもその盗撮により、百合のアカウントが言っていた「加工なしの美貌」が本物だと、第三者の手で完全に証明される形になってしまった。
だが、百合はそれどころではなかった。
恐怖と、何より「推しを盗撮された」というオタクとしての激しい怒りで指が震える。
(どうしよう…警察?それともお抱えの弁護士を動かして法的措置…っ!?)
百合がスマホを握りしめてパニックになっていると、その手から、すっと白い指先がスマホを奪い取った。テオだ。
「僕たちの許可なく、姿を写す不届き者がいるね。…それに、何だいこれ?」
テオの美しい眉が、ピキリと不快そうに跳ね上がる。画面を覗き込んだユルリッシュの真紅の瞳からも、一瞬にして温度が消え失せた。
二人が怒ったのは、自身を盗撮されたことではない。その文章の後半…百合を値踏みするような無礼な物言いにあった。
「家畜以下の小物が…。身の程を弁えぬ羽虫が、オレ達の前で囀るな」
「うん。お前に僕たちの撮影許可を与えた覚えはないよ。それは百合…撮影係だけの特権だからね」
「そもそも、誰が『ブスではない』だ。眼球の腐った有象無象が、オレ達の臣を値踏みするなど頭が高いわ!」
ユルリッシュは百合のスマホを操作すると、【アクアマリン日記】のアカウントから、その盗撮投稿に対して直接、怒りのリプライ(返信)を叩き込んだ。
『【王の宣告】
誰がオレ達の臣を『ブスではない』などと不遜に評してよいと言った。オレ達の姿を写すことも、その隣に立つことも、全てはオレ達の臣(撮影係)だけに許された絶対の特権。身の程を知れ、小物風情が。
(※これ以上の不敬(盗撮)は、オレの乳兄弟と、臣のお抱えの弁護士によって徹底的に裁くものとする)』
公式からの、あまりにも「ガチ」すぎる王とその乳兄弟のブチ切れ大説教。
それを見た盗撮主は、画面越しに国王とその乳兄弟の覇気と、お抱え弁護士という現代の最強の威圧感をモロに喰らい、ガタガタと震え上がった。
『すみませんでした!!!やりすぎました、今後の投稿はすべて控えます!!!本当に申し訳ありませんでした!!!』
一瞬にして不届き者を完全論破・撃退した二人に、百合は呆然とした後、眼鏡の奥の瞳からボロリと嬉し涙をこぼした。
「ゆ、ユルリッシュ様…テオ様…っ!私のために、そんな…!」
「フン、勘違いするな。オレ達の所有物を他人に安く評価されるのが不快なだけだ」
「ふふ、ボクたちの可愛い臣を傷つける人は、ボクが許さないからね。これからはもっと胸を張って、ボクたちを独占するといいよ、百合」
「はいぃぃ…!一生、お二人の奴隷として、全力で資産を運用して囲い続けますぅ…!」
胸の前で手を組み、ボロ泣きしながら輝くような笑顔を浮かべる百合。
少しだらしなくて色っぽい、けれど世界で一番愛されている臣下を、二人のチートキャラは現代のラグジュアリーな城の中で、さらに甘やかし、囲い込んでいくのだった。
盗撮犯の一件以来、ネットの海には「【アクアマリン日記】には絶対に手を出すな」という、目に見えない強固な「一線」が引かれていた。
生身の王の覇気と、背後に控える最強の弁護士軍団の影。おかげで私邸の周りをうろつく羽虫は完全に一掃され、百合は不労所得の恩恵を受けながら、再び安心してオタク活動を再開していた。
今日の投稿テーマは『王のアフタヌーンティー』。
英国王室御用達の最高級紅茶に、一流パティシエを自宅に呼んで作らせた極上のスイーツ。
広大な庭園を望むテラス席で、推し二人が優雅に優美に、至高の時間を過ごしている。
「はぁぁ…今日も私の最推しが世界一美しい…!」
百合は胸の前で小さな手を握りしめ、いつものように一眼レフカメラとスマホを駆使して、尊い二人の姿をバシャバシャと激写していた。もちろん、SNSへのリアルタイム投稿も忘れない。
だがここで、美酒ならぬ極上の紅茶でいい気分になっていたユルリッシュの、底意地の悪い悪戯心がパチリと発火した。
「おい子猫。少しその玩具を貸せ」
「ふぇ?あ、はい、どうぞ…って、ひゃんっ!?」
すれ違いざま、ユルリッシュの大きな手が百合のスマホを奪い取る。それと同時に、もう片方の手が百合の顔面に伸び…その黒ぶち眼鏡を、実にあっさりと剥ぎ取ったのだ。
「ああっ!?め、メガネ、メガネェ!?」
視界が急激にボヤけ、百合は両手を前に出してパニックを起こした。
メガネを外した百合の素顔は、童顔に拍車がかかり、まるで中学生かのような幼さと愛らしさが爆発している。
それでいて、体型はムチムチと肉付きが良く、ふくよかな胸が強調されているのだから、そのギャップの破壊力は凄まじい。
「ふはははは!ネットの向こうの市民ども、見よ!先日の羽虫めが『ブスではない』などとぬかしておったが、その程度の騒ぎではなかろう!」
ユルリッシュはスマホをインカメラに切り替え、動画撮影ボタンを迷わずプッシュした。
画面には、眼鏡を奪われて顔を真っ赤にし、涙目でオロオロしている超絶可愛い百合の素顔と、その背後で爆笑する国王の姿がバッチリ映り込んでいる。
「あはは、本当だね。普通に可愛いよね、百合は」
テオまでがユルリッシュに釣られて悪ノリし、動画の画角に入り込んできた。
圧倒的美貌を持つ二人に挟まれ、メガネなしの無防備な素顔を至近距離で晒されるアラサー女子。
「お、お二人とも、何してるんですかぁぁ!画面見えないです、動画止めてくださいぃぃ!」
「ほら、お望みのメガネだよ」
テオが優しくメガネを鼻梁に戻してくれたが…時すでに遅し。
「フン、満足したわ」
ユルリッシュから「ほい」とスマホを返却されたときには、画面の上部で『ポストを送信しました』の非情なポップアップが消えゆくところだった。
「ひぎゃあああああああああああ!!!!」
百合は邸宅に響き渡る悲鳴を上げた。
【アクアマリン日記】のアカウントに、数秒の動画が完全に放流されてしまったのだ。
必死で削除ボタンを押そうとするが、視覚が戻った百合の目に飛び込んできたのは、サーバーが爆発しかけているレベルの通知の嵐だった。
『…え????撮影係さん可愛すぎん?????』
『待って待って、童顔のロリ巨乳メガネっ娘(メガネ外した姿)がアラサー不労所得金持ち敏腕事務って属性過多で脳がバグる』
『ユルリッシュ様とテオ様に挟まれてオロオロしてるの小動物すぎて保護したい』
『「ブスではない」とか言った奴出てこい、国宝級のギャップ萌え美少女(?)じゃねえか!!』
『王たちの悪ノリ最高すぎるwww身内(臣)への身内ネタのノリじゃんこれwww』
『今日から撮影係さんのファンになります』
「う、嘘でしょ…フォロワーのみんな、何を言ってるの…!?」
アンチが湧くどころか、コメント欄は百合の「メガネなし素顔」の幼さと可愛さ、そして体型とのギャップに対する大絶賛と、二人の王の微笑ましい悪戯への歓喜で埋め尽くされていた。
テラス席に戻ると、ユルリッシュがフハハと愉快そうに鼻を鳴らした。
「どうだ子猫。オレ達の目が狂っておらぬこと、これで証明されたな。臣の価値を高めてやるのも、王の慈悲というものだ」
「ふふ、みんなに百合の可愛いところが伝わって良かった。僕たちを囲う資格があるって、世界が認めたんだよ」
「うぅ…寛大な御心に感謝します…でも恥ずかしすぎて死んじゃいますぅ…!」
百合はお腹のもちもち肉をさらに縮こまらせ、クッションに顔を埋めて悶絶した。
自宅バレの壁を越え、ついに自分自身の素顔まで世界に晒されてしまった百合。
だが、神々しい推したちにこれまで以上に「身内」として愛され、からかわれ、甘やかされるハチャメチャなラグジュアリーライフは、もう誰にも止められないのだった。
「『撮影係さん可愛い!』とか『百合ちゃん推せる』とか…ダメダメ、私へのメッセージは全部無視!私はただ、お二人の神々しい日常をネットの海に放流するだけの壁になりたいんだから…!」
自身の素顔がバズって以降、百合宛てのDMやリプライが急増していたが、百合は元ブラック企業の鉄の精神でそれらを徹底的にスルーしていた。
あくまでアカウントの主役は、ユルリッシュとテオ。その一線を、オタクとしてのプライドが許さなかった。
しかし、フォロワーたちの熱量は百合の想定を超えていた。
写真や動画がアップされるたび、コメント欄には新たな要望が殺到するようになる。
『お二人の写真、アクスタ(アクリルスタンド)にして部屋に飾りたい…!』
『アクアマリン日記さんの写真集、いくらでも出すから売ってほしい!』
『お二人のグッズとかはないんですか!?』
それに対する百合の公式回答は、いつもこうだ。
『当アカウントは、非公式のコスプレなりきりファンアカウントですので、グッズ等の販売を行うことは一切できません。ご了承ください』
版権物の「なりきり」である以上、金銭が発生するグッズ販売などご法度中のご法度。
下手をすれば、大好きな『花騎士』の公式に迷惑がかかってしまう。
(絶対にダメ。二次創作の範疇を越えたら、私はお二人の臣下を辞めなきゃいけなくなる…!)
だが、あんまりにも「グッズ欲しい」の声が大きくなり、海外のフォロワーからも英語や中国語で熱烈な要望が届くようになった。
リビングのソファで、山のようなリクエスト画面を見つめて「ううむ…」と唸る百合。
「どうした子猫。眉間に妙なしわを寄せて、オレ達の美しいリビングの景観を損ねるな」
「うん、百合。何か困りごと?ボクたちに言えば、大抵のことは解決できるけど」
「お二人とも…。実は、フォロワーのみんながお二人の『グッズ』を欲しがっていまして。でも、私たちは表向き『コスプレ』ですから、営利目的の販売は法律や規約的に絶対にアウトなんです」
百合が事情を説明すると、ユルリッシュは傲然と鼻を鳴らした。
「フン、ネットの向こうの市民どもがオレ達のグッズを欲するのは当然の理。だが、この世界の『ほうりつ』とやらが邪魔をするか。…おい子猫、お前は何のためにあの『べんごし』とやらを雇っておるのだ」
「えっ」
「そうだよ、百合。僕たちの身分を作ってくれた彼らなら、今回もいい方法を考えてくれるんじゃないかい?」
テオが優しく微笑む。
暇と金を持て余した最強の引きこもりである百合は、ハッと我に返った。
(そうだ…私には、潤沢な不労所得と、お抱えの最強弁護士軍団がいる…!)
数日後。百合の大邸宅の会議室には、日本屈指の精鋭揃いであるお抱えの弁護士軍団が集結していた。
目の前には、お茶を飲むユルリッシュとテオ。そして、ふくよかな胸をスーツに包み、眼鏡をキラーンと光らせた敏腕事務・百合が、プロジェクターの前に立っている。
「先生方。本日集まっていただいたのは他でもありません。【アクアマリン日記】のグッズ化について、完全合法、かつ公式の権利を一切侵害せず、なおかつフォロワーの要望を満たすウルトラCのスキームを構築していただきたいのです」
弁護士たちは、一瞬だけ顔を見合わせた。
普通の弁護士なら「非公式アカウントのグッズ化など無理です」と突っぱねるところだ。
しかし、彼らは百合から多額の顧問料を受け取っているプロフェッショナルである。
「…なるほど。であれば、百合様の潤沢な資産を使い、まずは公式側に『正式なライセンス契約』の打診を行うのはいかがでしょう。我々が全権を持って、公式にロイヤリティ(版権料)を全額前払いで支払う条件で交渉します」
「それだけではありません。グッズの売上は、製造原価を除いた『全額』を、百合様が普段支援されている福祉団体、および文化財保護団体へ寄付する『完全チャリティ型プロジェクト』として登記します。これにより、百合様側には一切の営利が発生せず、公式のブランドイメージも向上します」
「完璧です…っ!!」
百合はデスクを叩いてガッツポーズを決めた。
不労所得があるため、自分に入る儲けなど1円も必要ない。
公式に莫大な版権料を支払い、売上はすべて社会貢献に回す。
これならば公式も損をせず、ファンも喜び、二人の神々しさが世界を救うことになる。
「フン、オレ達の臣ながら、金の使い道としてはなかなかに粋な真似をする。よかろう、そのプロジェクトとやらに、オレ達のビジュアルを貸してやる」
「ふふ、ボクたちのグッズで世界が少し良くなるなら、喜んで協力するよ、百合」
二人の許可も得て、最強の弁護士軍団は即座に動き出した。
数週間後、SNSに投稿された【アクアマリン日記からのお知らせ】は、ネットニュースのトップを飾ることとなる。
『【公式ライセンス取得・チャリティグッズ発売決定のお知らせ】
フォロワーの皆様の熱いご要望にお応えし、お二人のアクリルスタンドおよび写真集の発売が決定いたしました。本プロジェクトは、関係各社様との正式な契約のもと、売上の全額を寄付する非営利活動として運営されます』
画面の向こう。
「公式公認!?」
「非公式なりきり垢が公式とコラボしたんだがwww」
「どんだけ有能弁護士抱えてるんだ撮影係!!」
…と、フォロワーたちが腰を抜かす。
百合は二人の新しい撮り下ろしカットを選定しながら、ふへへ、と満足げな笑みを浮かべるのだった。
最強の弁護士軍団の尽力と、公式様との奇跡的なライセンス契約、そして完全チャリティというウルトラCによって、ついに【アクアマリン日記】公式グッズのサンプルが百合の大邸宅に届いた。
リビングの巨大なガラステーブルの上に並べられた、眩いばかりの品々。
あの真剣撮影会で切り取られた、無加工の神々しさが宿る「アクリルスタンド」。
世界最高峰の印刷技術で二人の美貌を余すことなく再現した「写真集」。
二人が気まぐれに直筆でさらさらと書き残してくれた、唯一無二のサイン入りの「クリアファイル」。
「う、うあぁぁぁ…っ!!」
それらを見つめながら、百合は眼鏡をがたつかせ、ボロボロと大粒の涙をこぼして号泣していた。
胸の前で小さな手をぎゅっと握りしめ、言葉にならない嗚咽を漏らす。
「お、お二人を…私の、私の愛する最推しを…完全合法の形で、世界に羽ばたかせることができた…!生きてて良かった…不労所得バンザイですぅ…っ!!」
床に膝をついて感無量に浸る臣下の姿に、王と乳兄弟は顔を見合わせ、なんとも愛おしそうな、優しい微笑みを浮かべた。
「ふふ、よく頑張ったね、百合。君のその無駄に高い事務能力とボクたちへの愛が、本当に世界を動かしちゃったみたいだね」
テオがそっと百合の頭を撫でる。
「フン、当然の成果だ。さすがはオレ達の臣よ。王を飾るにふさわしい至高のグッズではないか。大いに誇るが良い」
ユルリッシュも腕を組み、満足げに鼻を鳴らした。二人の直々の労いの言葉に、百合の涙はもはや滝のように止まらない。
だが、二人の視線が、テーブルの隅に置かれた「もう一つのグッズ」に留まった瞬間、リビングの空気がピキリと変わった。
それは、百合がオタクとしてのガチの執念と、プロのカメラ技術を200%注ぎ込んで制作した『限定抱き枕カバー(添い寝風)』だった。
上から覆いかぶさるようなアングルで撮られたユルリッシュの傲然かつ色気あふれる表情と、すぐ隣で優しく腕を広げて微笑みかけてくるテオの姿。
ベッドに入れば、二人に挟まれて添い寝されている感覚をリアルに味わえる、あまりにも破壊力の高すぎる禁断の一品。
テオがそのカバーを手に取り、じっと見つめた後、ふっと笑みを消した。
「…だけど、百合。この抱き枕カバーだけは、表には出せないね」
「そうだな。これはネットの向こうの市民どもに売り渡すわけにはいかん」
「えぇっ!?な、何故ですかぁ!?」
百合は涙目を丸くして飛び上がった。
「ガチの気合いで、お二人の最高の添い寝ポーズを神ライティングで撮った、私の最高傑作なのに…っ!」
「だからだよ、百合」
テオが、どこか独占欲を滲ませた美しい瞳で百合を見つめる。
「こんな無防備なボクたちの姿を、他の誰かに夜な夜な抱きしめさせるわけにはいかないからね」
「左様。これはオレたちの金…毎日お前が口座に貯めてくれた、あのお小遣いとやらを全て使って、製造された分をオレ達が『全額買い占める』」
ユルリッシュがフハハと傲然に言い放ち、百合のスマホで弁護士へ「抱き枕カバーは全量買い取り、非売品とする」との指令を爆速で送信した。
貯まりに貯まった王のお小遣いの、あまりにも贅沢な使い道。
「ひぇっ…じゃあ、世の中に出ないんですか…!?」
「うん。これは百合だけのための、特別な抱き枕カバーにしようね」
テオが、ふにゃりとだらしなく座り込んでいた百合の背後に回り込み、そのムチムチとした色っぽい身体を後ろから優しく抱きしめた。
至近距離から、極上の香りと声が鼓膜を震わせる。
「安心するが良い、子猫。使用用、保存用、観賞用の他にも、倉庫には在庫がいっぱいだ。破れる心配などせず、今夜から存分にオレたちを抱き枕として使うが良いわ」
ユルリッシュが、メガネを外した百合のさらに幼くて可愛い素顔を指先でツンとつつき、悪戯っぽく微笑む。
「あ、あわわわわ…推しに買い占められたグッズを、推しに抱きつかれながら使う…!?属性過多で私のライフがもちません…っ!」
顔を真っ赤にしてパニックを起こす可愛い臣下を、国王とその乳兄弟は心底楽しそうに眺め、さらに甘やかすように身を寄せるのだった。
不労所得で囲ったはずのゲームの最推したちに、今や完璧に囲い返されている百合。
世界を震撼させる【アクアマリン日記】の裏側で、三人の甘くてラグジュアリーな秘密の日常は、これからもどこまでも続いていく。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
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