8話「萌えと燃えの能力による幸福」
私がその言葉を呟くと、彼の瞳は淀んだピンク色に染まった。
それと同時に、先ほどまであったはずの彼に斬られた切り傷が徐々に癒えていく。
これも萌えの能力によるものなのか。
「ヘ…ヘンゼル様。愛しています。あなたのためならこの身を捧げる覚悟は出来ております」
彼の縋り付くような声音とは裏腹に、その跪く所作は淀みない。
差し伸べられた手は、愛情という熱を帯びていた。
「あははは!!私も、私もよ!ランス。あなたを愛してるわ!これからずっと一緒ね」
私は、溢れ出る笑みを隠そうともせず、彼の愛情を全身で受け止めるようにその手をしっかりと握り返した。
愛する彼を自分の物に出来た高揚感、嬉しさのあまり出てくる万年の笑み。
狂おしいほどの独占欲の成就への喜びで胸が一杯だ。
「さぁ…愛を誓い合った事だし私達のお城へ戻りましょうか!」
私は、ランスの手を取りゆっくり立ち上がらせた。
ようやく愛を誓い合い、満足した私はルイス共に城の方へ向かおうとした束の間。
背後に緊迫した複数の殺気が漂う。
私達はピタリと足を止めて振り向いた。
すると、そこに立っていたのは灰色の甲冑に身を包んだランスの部下達だった。
私をいじめた上級生三人の両親は見当たらない。
「ラ…ランス様に何をした!!」
リーダー格である騎士が怒りに震える声でそう言った。
「貴様ッ!」「許さんぞ……!」
騎士たちの罵声が重なる。
強く剣を握るその手と兜越しでも伝わる強い殺気。
その怒りの声や強い殺気はどう捉えても私達を祝福する雰囲気ではなかった。
自分達の主人の異常事態に駆けつけたのだろう。
「あらあら…。良い雰囲気だったのに邪魔が入ったわね。どう、処分しようかしら」
私は、見下すような軽蔑を込める眼差しで相手を凝視してそう言った。
私達をなぜ祝福しないと、理不尽な怒りや殺意を腹の底で煮え立たぎらせる。
「ねえ、あなた達。せめて最期くらいは、私たちの幸せの糧になってくれるかしら?」
彼女の口角が、ゾッとするほど美しく吊り上がる。
その表情や言葉から感じ取れるのは、無価値だと思っていた相手の命を意味ある物にするという意志と徹底した合理性と冷酷さ。
その言葉と笑顔にゾッと震え上がる騎士達。
恐怖により周囲の喧騒がぴたりと止んだ。
騎士達の命運すらも、彼女の手によって左右されるという緊迫感。
緊張の糸が張り詰める中、「シャキ…」という金属音を合図に、決死の覚悟で騎士達が一斉に跳躍した。
一寸の狂いもない綺麗な太刀筋。
さすがは、熟練された騎士達だ。
そんな騎士達をみても動揺するどころか手でハートを作り、ウィンクをして私はこう呟いた。
「"業火の炎に焼かれて苦しみなさいご主人様 "燃え燃えキュン"」
殺伐とした戦場に不釣り合いな燃え燃えキュンの響き。
一瞬で飛びかかる騎士達の全身を包み込む業火。
「あ……あああ! アツい、体が……内側から焼ける……!」
アツさのあまりのたうち周り苦しむ姿。
私の鼻を突く焦げ臭い匂いと、相手の体温を超えた異常な熱気。
鉄の鎧は瞬時に赤熱し、騎士たちの肉体は逃げ場のない「鉄の棺桶」へと変貌した。
熱がこもってさぞ苦しいことだろう。
彼らの誇りや技術も、圧倒的な熱量と痛みの前では虚しく崩れ去り、苦悶の声だけが響く…。
そんな立ち込める業火と騎士達の叫び声も、私にとっては私達を祝福してくれるロウソクとシンフォニーに感じ取れた。
「ほら!!美しい…美しいわ!あぁ…なんて心地よいのでしょう!!」
恍惚と狂気に満ちた表情で燃え盛る騎士達を眺めながら呟く。
あんなに煩わしかった騎士の存在と声が今や私達を祝福してくれる物へと変化する美しさと幸福感。
そこにあるのは、ただ無慈悲な業火に抱かれ、炭化していく肉塊の悶えだけであった。
端から見れば、地獄絵図でもあるその情景も私にとっては二人を祝福するバージンロードに思えてしまう。
業火と騎士達の屍で舗装されたそのバージンロードを私たちは一歩ずつ、慈しみ合うように踏み締めていく。
そんな私達の目線の先に居たのは、私いじめた上級生三人の両親達だった。
嫌でもその姿は私達を祝福する結婚式の両親のように見える。
「あなた達は、ただでは殺さないわ」
冷ややかな微笑みを浮かべ、手でハートを作る。
そして、六人を想いながら「私の虜になりなさいご主人様 "萌え萌えキュン"」と呟いた。
優しさと狂気が混ざり合ったその笑顔が、静まり返った空間の恐怖をより一層引き立てる。
魅了されてただ立ち尽くす事しか出来ない上級生三人の両親。
抗いようのない恐怖をただ受け入れるのみだった。
「ねぇランス。その剣を貸してくれる?」
私は、ランスから剣を預かる。
「あなたたちも私の両親と同じような末路を辿って貰うわ。」
歓喜と怨嗟が混ざり合ったその声で呟く。
そう言って、順番に着実な殺意を込めて肉を抉るように刺した後に柄を握り直し、半回転させて剣を何度も刺した。
刃が骨を削る「ガリッ」という硬い感触と、溢れる血が床に滴る「ドチャッ、ドチャッ」という粘り気のある重低音が脳内に響き渡る。
一人一人から激しく咳き込むたびに、口から鮮やかな赤が飛沫となって舞う鮮血。
そんな赤い血が私のメイド服を着実に真っ赤に染めていく。
こうして。ピンクと黒で彩られたメイド服に新たに赤という色が加えられた。
彼女のピンクと黒のメイド服に飛び散った鮮血の斑紋は、まるで祝福の儀式に捧げられた残酷な花びらのように、月光の下で妖しく輝いていた。
「あぁ…。最高だわ。愛する人と結ばれ、復讐を成し遂げた上にこんな美しい赤色というプレゼントまで頂いて。」
足元に転がるのは、かつて自分を虐げた上級生三人の親たちの亡骸。溢れ出した鮮血が月光を浴びて黒ずんだ赤に輝いている。左右を見れば、かつての威厳を失い、業火に包まれて燃え盛る騎士たちの死体。
そんな赤い光景をうっとりと見つめる。
まるで最高級の芸術作品を鑑賞するかのように。
「もう…満足したわ。城へ行きましょう。」
一時その狂気を堪能すると余韻を残し、彼女は軽やかな足取りで愛するルイスと共にその場を立ち去り、城へ向かう。




