エルエンゾ
ある日、ロレンフス付き侍従の一人である宮内伯のヴァル・インジョウ・トウエスエが、嫡子を伴って参上した。14歳になり宮殿に出仕することになったのだという。ついては自分の下で侍従見習いとしてロレンフスに仕えさせたい、とインジョウは言上した。
インジョウの後ろに控えていた少年は、ぎこちない動きでロレンフスの前に進み出ると、跪いた。
「ヴァル・インジョウ・エルエンゾと申します。ぜひ、殿下にお仕えして身辺のお世話をせせ、さ、さす、ご、ご許可を賜りたく」
顔を赤くしたり青くしたりしながら、エルエンゾは必死で言葉を紡いだ。トウエスエは息子の無様な様子を苦々しい思いで見つめていた。大公の前でなければ、息子を打擲しているところだ。
直毛の黒髪を顎の辺りで切りそろえた、線の細い少年だった。母親似なのか、中性的な顔立ちなので少女にも見える。直毛の黒髪という点だけが、辛うじて父との類似性を保っている。そうでなければ血のつながりに疑念を持たざるを得なかった。彼の父は醜かった。
「インジョウ卿……いやエルエンゾ、立つがいい。そう緊張するな」
ロレンフスはエルエンゾの手を取って立ち上がらせた。
ロレンフスは宮内伯を嫌っていた。トウエスエのことも、内心では無能者と断じて貶んでいた。だが、エルエンゾは元服を済ませたばかりの少年に過ぎない。有能か無能かはまだ分からないが、少なくとも言上に失敗した程度のことは許されるべき年齢だ。
エルエンゾは、大公が手を取って立ち上がらせてくれたことにいたく感動し、耳まで赤くしていた。舞い上がったエルエンゾは、「で、殿下に無限の忠誠を!」と叫んでしまった。
ロレンフスは、宮廷儀礼から外れたエルエンゾの振る舞いを笑顔で受け止めると、改めてエルエンゾの手を握った。
「ではエルエンゾ、これからよろしく頼む。早速だが、あの花瓶の花が萎れかけている。新しい花に変えてくれぬか?」
「はっ! すぐにお取り替え致します!」
エルエンゾは半ば叫ぶように復命すると、花瓶に駆け寄ろうとして、大公の前で走るのは無作法であると思い出して急停止し、転びかけた。
「不調法なことで、汗顔の至り」
「そう言ってやるな、インジョウ卿」
父としては息子の醜態は見ておれぬという心境らしいが、ロレンフスにはエルエンゾのひた向きさは好ましく映った。「インジョウ卿とは大違いだな」という言葉はのみ込んで、エルエンゾが退室するのを見送った。自分の手元で立派な宮内伯に育て上げるというのも一興である。
「ご子息は私が責任を持って預かろう。侍従長の座も夢ではないぞ」
そう言って、ロレンフスは愉快そうに笑った。言外に、マーティダの次の侍従長は、トウエスエではなく息子のエルエンゾであるとにおわせて。
トウエスエはロレンフスの真意に気付き、背を向けたロレンフスに暗い目を向けた。




