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居眠り伯とオルドナ戦争  作者: 中里勇史
反撃

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トローフェイル潜入 その2

 「しまった」

 アークラスムがこの世の終わりを見たような顔をして立ち止まった。

 「いかがした」とオルロンデムは面倒そうに聞いた。どうせ大したことではあるまいと高をくくっている。

 「俺はヌヴァロークノ語が分からねぇ」

 「いまさら何を言う。そんなことは承知の上ではないか」

 「これでは帝国人だとバレてしまうじゃないか」

 「何か問題でもあるのか?」

 2人のやりとりを、ラーティスは寝ぼけたような顔で聞いていた。そもそも聞いていないのかもしれない。

 「問題ないのか?」

 「ないだろう」

 「なぜ」

 「なぜって……街に出入りしている農民は皆オルドナ伯領の領民ではないか」

 「そうなのか?」

 「だから潜入できると思っていたのではなかったのか? お主、一体どうするつもりだったのだ」

 「トローフェイルに行ってから考えればいいと思ってたんだが、急に不安になった」

 「無思慮ここに極まれりだな。開いた口が塞がらん」

 「石でも詰めてやろうか」

 「たわけたことを申すな。そろそろ城門だぞ」

 ここでラーティスが初めて口を開いた。相変わらず寝ぼけたような顔をしている。

 「俺がしゃべります。旦那方は調子を合わせてくだせえ」

 「お? おお……」

 城門の前にはヌヴァロークノ兵が居て、街に入る者を一組ずつ確認していた。ミラロールが失陥したことが伝わり、警戒を強化しているらしい。

 ラーティスがするすると前に出ると、帝国語で話し始めた。するとヌヴァロークノ兵は横に居た男に何やら問いただしている。通訳らしい。何度かのやりとりの後、3人は通行を許可された。

 「うまくいったのか?」

 「うまくいったから通れたのであろう。ご苦労だった、ラーティス殿」

 「大したことは話してねぇですよ。農民の言葉で小麦売りに来た。何が何だか分からねぇ、で押し通したんでさ。旦那たちは貴族の言葉だからしゃべらん方がいい。そっちの旦那も口調がぞんざいなだけで貴族語であることは変わりねぇしな」

 「そんなに違うものかな?」

 「あんたは気品がだだ漏れだ。いっそ口が利けねぇって設定で通した方がいいな」

 冷静なオルロンデムが、初めて顔を引きつらせて口を閉じた。

 「寝ぼけた顔で言いたい放題……伯爵を悪化させたようなヤツだな」とアークラスムは毒づいた。

 「で、街には入れましたがこれからどうなさるんで?」

 「取りあえず城壁にそって市中を一周してから中心部を確認しよう」

 一行は、行動の邪魔になる小麦を取引所で売りさばくと、荷車を取引所に預けて歩き出した。そしてすぐに違和感に気付いた。

 トローフェイルは典型的な3000から4000人規模の街だが……。

 「人が多過ぎるな」とオルロンデムがつぶやいた。

 2カ月ほど前に敵国に占領された街とは思えない。だが、活気があって繁栄している、という雰囲気でもない。祭りがあるわけでもなさそうだ。占領できた街に無理やり民を押し込んでいるのかもしれない。ヌヴァロ島を捨てて移住しようとしているのだから、人口過多になるのも当然か。

 「それだけじゃねえようですぜ」

 「それだけじゃねえとは?」

 「それらしいカッコしてますがね、筋肉の付き方が市民っぽくねえ。右腕だけ発達してる。あいつら、短槍投げますわな。そういう筋肉だ」

 「ヌヴァロークノ兵が多いってことか」

 「女も少ねぇ。男が多過ぎますわな。まあ、女は家ん中に居るだけかもしれませんがね」

 「筋肉の付き方が違うのか……」

 「どうしたオルロンデム。深刻な顔をして」

 「うむ。ラーティス殿、我々の筋肉の付き方は農民的だろうか」

 「全く違いますな。分かるヤツが見れば一目瞭然でしょうや」


 「オルロンデム、そういうことはもっと早く気付くべきだぜ」と言って、アークラスムはそっと辺りを窺いながら後ずさりした。いつの間にか、ヌヴァロークノ人に取り囲まれていた。右腕の筋肉が発達している。彼らは何か言っているが、ヌヴァロークノ語なので意味は分からない。ただし友好的な挨拶をしている訳ではないことは分かる。

 「ふむ、バレてしまったようだな。これは困ったことだ」

 「オルロンデム卿は困ったときも貴族的ですな」と言いながら、ラーティスは両手を懐に入れた。「お2人とも、付いてきてくだせえ」

 ラーティスは一気に北門側のヌヴァロークノ人に近づき、するりと脇を駆け抜けた。その一瞬で首を切り裂いていた。

 オルロンデムがそれに続き、アークラスムは血を首から吹き出しているヌヴァロークノ人を真横に蹴り飛ばしながら門に向かった。

 3人を追おうとしたヌヴァロークノ人に、アークラスムが蹴り飛ばした死体が衝突し、一瞬だけ時間を稼いだ。

 騒ぎを察知した門番たちが北門を閉じようとしていた。

 「は、走れー!」

 「言われなくても走っている!」

 「旦那方、もしかして仲が良いんで?」

 「良くない!」「いい訳がなかろう!」

 余計なことを言いながら、ギリギリで門を駆け抜けた。城壁の上から矢を射かけられたが、射程外まで逃げ切った。ヌヴァロークノ人はあまり弓矢が得意ではないことが幸いした。


 「ラーティス殿の小刀術は見事だな。暗殺もやるのか」

 「やれと命じられればやりますがね、そういう殺しは好きじゃねえです。暗殺ってのは人殺しを何とも思わねえヤツが向いてる。俺は偵察とか尾行とかがいいですわ。ナルファストでは姫様の尾行とかやったよ」

 「ふ~ん、技術以外にも適性があんのか」

 「ありますな。昔、子供の首を顔色一つ変えずにへし折るヤツがいた。いつの間にか傭兵から足洗ったみてぇだが、あれはイカれてる。俺は子供は殺せん」


 相変わらずやる気が感じられない目で3人の話を聞いたウィンは、「なるほど」と言って、焦点の定まらない目で遠くを眺めていた。

 「よし、急いでトローフェイルを攻囲する。みんな、準備してくれ」

 「ナインバッフ公が本隊と戦っている間に落とすということか」

 「どちらかというと、ナインバッフ公の援護かな」

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