トローフェイル潜入 その1
「ナインバッフ公がヌヴァロークノ人を虐殺している?」
トローフェイル奪還のために南下を始めたウィンたちは、斥候がもたらした噂に困惑した。
「まさか、ナインバッフ公がそのような……」とつぶやいて、フォロブロンは口をつぐんだ。信じ難いという顔で考え込んでしまった。
「そりゃ流言でしょ。ナインバッフ公が出どころの」
「流言?」
「ヌヴァロークノ王の……何だっけ。その本隊をおびき寄せようとしてるんじゃないかな」
「クーデル王だ。しかし、クーデル王がそんな策に引っ掛かるか? 明らかに罠ということだろう」
「出てこなければ、『民を見殺しにした王だ』と言ってさらに挑発するだけのことさ。戦争ってのは相手が嫌がることをすることだろう? 嫌だねぇ」
「ってことは、我らにとっては好都合ってことですな」とアークラスムが陽気に言っていひひと笑った。「ナインバッフ公とクーデル王が戦ってる間にトローフェイルを落とせばいいんでしょ」
「そううまくいくわけがなかろう。トローフェイルが簡単に落ちるとは思えん」とオルロンデムが淡々と否定した。
「何だ? 誰も簡単だなんて言ってねぇだろ」とアークラスムがオルロンデムにかみつく。オルロンデムは「貴公が事もなげに言うから、そう都合よくはいかないと指摘したまでだ」といちいち答えるので、アークラスムは余計に憤慨した。
その様子を見ていたフォロブロンは、気の毒そうな目でウィンを見た。「ラフェルス伯の家中はいつもこの調子か」
「まあね」と言って、ウィンはわははと笑った。
オルロンデムとにらみ合っていたアークラスムは、「そうだ」と言ってウィンに近づいてきた。喧嘩っ早いが忘れるのも早い。
「ところで、トローフェイルに潜入してきます。ご許可を」
「貴公だけではもめ事を起こすだけだろう。私も行こう」とオルロンデムも名乗り出た。
「何だ、俺だけじゃ偵察できないとでも言うのか。それとも手柄を横取りする気か」
「成功率を高めようという話をしているのだ」
また喧嘩になった。
「ラフェルス伯のご家中は活気がおありだ」と言ってバルエインが笑う。「だが、あれではまとまるものもまとまるまい」
「いや、そのために3人で組ませてるんだけどね。今回は一人が欠けててね……」
ゼルカントは出発直前に発熱したため、ラフェルス残留となった。今頃はディランソルと一緒にラフェルスで練兵でもしていることだろう。
「いずれにせよ、護衛は必要だろう。俺が行こうか、旦那」とラゲルスが提案したが、ベルウェンが「てめえじゃ傭兵だって一目でばれる。そんなゴツイ堅気がいるかよ」と反対した。
ベルウェンは、2人の護衛としてラーティス・エイエンという男を推薦した。刃渡り10セルほどの小刀を使うということで、潜入作戦に向いている。寝ぼけたような顔をしており、傭兵には見えない。
3人は、近くの村の農民という設定で街に入ることになった。
街は、それだけで独立して存在することはできない。街とその周囲を取り囲む農村で経済圏を形成している。さらに、交易によって特産物を他の街や村とやりとりするという形で広域経済圏が作られる。
トローフェイルも例外ではなく、ヌヴァロークノの支配下にあるといっても周囲の村や街との間で物流が成立している。皇帝軍やラフェルス・カーリルン軍が近づかなければ、街に入ることは不可能ではない、はずだ。街の様子や防衛体制などが分かるなら、今後の攻囲戦に有用なのは間違いない。
ファッテン伯領から持ってきた小麦などを荷車に載せて、3人はトローフェイルに向かって歩き始めた。
「3人ともなかなか様になってるじゃないか」と言って、ウィンはわははと笑った。




