流転 その2
一方、皇帝宮殿の一角で1人の貴族が興奮した様子で語っていた。
「あれはティルメイン副伯だった。間違いない!」
ヴァル・ズトレーニア・フェリシトルは帝都詰めのナルファスト公国貴族で、ナルファスト継承戦争前はリルフェットに近侍していた。今となっては数少ない、リルフェットの顔をよく知る人物の1人である。彼は、ナルファストを巡る一連の混乱の中で主を守り切れなかったことを悔やみ続けていた。
彼は、気晴らしに娼館に行って店を出たところで、目の前をティルメイン副伯が走り抜けるのを見たのだと主張した。
彼の力説を聞かされていたもう1人のナルファスト公国貴族ヴァル・ケレストレセス・メイラードンはというと、ズトレーニアが悔やみ続けていたことを知るだけに、他人の空似だと思った。ナルファストで消息を絶ったティルメイン副伯が、帝都の娼館街で娼婦を拉致していた? どこでどうなったらそうなるのか。自分に絡むだけならよいが、こんな与太話がナルファスト公の耳に入ったら大変である。とにかく、他人に聞かれないうちにズトレーニアの興奮を収めなければならない。ケレストレセスはひたすらストレーニアをなだめた。
その会話が、ある宮内伯の家臣の聴覚を刺激した。宮内伯の家臣は、宮殿内でささやかれる噂話の収集も任務のうちである。誰かが話しているとみるや、忍び寄って盗み聞きする習性がある。彼にとって、その内容は驚くべきものだった。彼の主人に関係することだったからである。
彼は、盗み聞きした話を主人である宮内伯に急いで注進した。
「馬鹿な。予備は始末したはずだ」
「しかし、目撃者はティルメイン副伯の近侍だった男。真偽はともかく騒がれると面倒かと」
「ともかく、2人を内密にお招きして例のものでもてなせ」
この後、帝都詰めの2人の貴族が失踪したことがナルファスト公国で問題になったが、手掛かりが何もなくやがて忘れ去られた。
「以上の顛末、差し当たって目撃者は処理致しました」
「もうその話は捨て置けばよいのではないか」
「しかし、本当に生きていたとすると災いの種になる」
「ナルファストの小僧一人、生きていたところで何もできまい」
「いや、一連の真相をあの下賎の者が知っていることが問題ではないか」
「おお……」
「小僧が生きていたら、何よりの証拠になってしまう」
「この際、あの男もろとも完全に始末すべきであろうな」
深夜の貧民街を、2台の馬車が進んでいた。それぞれ6人ずつ、完全武装の兵士が乗り込んでいる。
「火矢でこの辺り一体を焼き払ってしまえばよいのではないか」
「死んだことを確実に確認せよとのご命令だ」
「なるほど」




