ゲンテザイル攻囲
ナインバッフ・グライス軍は3万をゲンテザイル、1万をポルセアルの攻囲に回していた。ポルセアル攻囲軍はヌヴァロークノ軍主力を刺激するための陽動であり、ヌヴァロークノ軍の動き次第ではゲンテザイル方面にすぐ撤退できる状態を維持している。
ケルヴァーロはゲンテザイル攻囲軍の指揮を執っていた。
まず、ナインバッフ公国から運んできた破城槌の組み立てを始めた。破城槌は城門を破壊するための攻城兵器である。
先を尖らせた丸太を頑丈な荷車の上につるし、これを城門に打ちつけることで城門を破壊するのだ。破城槌の上には屋根が設置されており、上からの攻撃を防いでいる。
攻城塔も20基作らせた。これを城壁の30メル手前まで前進させて、攻城塔の裏側で坑道を掘らせる。城壁の下まで穴を掘り進めて、意図的に落盤させて城壁を崩すのである。
攻城塔の最上部からは矢を射かけて、城壁上の敵兵を射倒していった。
まずは城壁だけを標的とした、街自体への損害が少ない戦法で降伏させようとしている。
「やつら、降伏するかな」
「まあ、しないでしょうな」
ストルザイツにあっさり否定され、ケルヴァーロは苦笑した。
「お前は愛想が足りん」
「私がニコニコしても街は落ちません」
「ふん、投射器を却下したことを根に持っているのか」
「別に。しかし、実に手緩い。ゲンテザイルは既に敵国の街。容赦は無用です」
ケルヴァーロは周囲を見渡した。兵たちが、寒風に耐えながら作業しているのが見えた。軍役によって駆り出されてきた領民もいる。今は農閑期だからいいが、滞陣が長引けば帰りたがるだろう。
「分かった。投射器の準備を開始しろ。さっさと落としてポルセアルに向かうぞ」
投射器は、岩などを投擲する攻城兵器である。投射物は放物線を描いて飛翔するため、城壁を越えて市内を攻撃できる。
長い棒の中央付近を支柱に取り付け、一方の先に投射物、もう一方に重りを吊るす。投射物側を縄で下に引き寄せて投射物を載せ、縄を解放すると反対側の重りが落下する反動で投射物が撃ち出される。
ストルザイツは、油を詰めた樽に火を付けて市内に投射すべきであると進言していた。
数日後に5基の投射器が完成した。石を使った試射で重りを調整すると、油入りの樽の投擲を開始した。投射器がうなりを上げて樽を撃ち込むたびに火災が発生し、城壁の向こうから悲鳴が聞こえた。
ケルヴァーロは、その様子を無言で眺めていた。
ケルヴァーロは人が死ぬのが嫌いだった。断末魔の悲鳴や苦痛を想像してしまい、気分が悪くなる。恐らく、幼少期から人の死を見続けたからだ、と自己分析している。
ケルヴァーロの父は苛烈な人物で、領内で起こる犯罪を決して許さず、厳罰に処した。斬首や火刑を命じた罪人の刑が執行されるときは、幼いケルヴァーロを連れて刑場に出向いた。そしてケルヴァーロと同じく、罪人が息絶える様を目を逸らさずに見つめていた。「死にたくない!」と絶叫し、最後まで抵抗する者。恐怖の余り発狂する者。静かに死を受け入れる者。吹き出した血の色。肉体が焼ける異臭。ケルヴァーロは父と共にそれを見て、感じた。人の死が身体に染み込んできた。
父は残忍でもなければ暴君でもなかった。処刑を見守る父は無表情を貫いていたが、その目には不快感があった。決して楽しんではいなかった。父は、自分が死を与えた者の最後を見届けることが自分の責務だと考えていたのだと思う。悲しんだり目を逸らしたりしなかったのは、自分にはそうする資格がないと思っていたのだろう。
そして、領内では盗みや強盗といった犯罪は起こらなくなった。ナインバッフ公国は、領民が安心して暮らせる国になった。それは、そうでないことよりも正しいことだとケルヴァーロも思う。
父は自分のやり方を踏襲しろとは言わなかった。ただ、「成すべきときに成すべきことを成せ」と言い残して死んだ。
「公爵は天幕でお休みになっては?」と、横にいたストルザイツが言った。「火攻めにすることを進言したのは私です。私が見届けます」
「命じたのは俺だ」
新たな樽が投射され、城壁の向こう側で黒煙が立ち上った。
その黒煙を背景に、白いものが城壁の上に掲げられたのが見えた。ストルザイツは目をこらしてその白いものの正体を見極めると、静かに報告した。
「白旗です」
「やっと降伏してくれたか……。よし、攻撃やめ!」




