不安
その夜、アルリフィーアはなかなか寝付けなかった。顔を右に向けると、すやすやと眠っているウィンの顔が見えた。手を伸ばしてウィンの頬をそっとなでてみたが、この程度で起きるような男ではない。
アルリフィーアはくすりと笑うとウィンの頬に口づけし、寝台から静かに抜け出して露台に出た。5月のひんやりとした夜風が心地よい。雲が少ないので星がよく見えた。
今の生活には何の不満もない。楽しくて仕方がない。幸せ過ぎるくらいだ。だから普段は忘れているのだが、ふとした瞬間に思い出してしまう。
「ラフェルスは父上から初めてもらったものだから」
ウィンが発したこの言葉がどういう意味を持つのか。むろん、考えるまでもない。
思い返してみれば、いろいろと辻褄が合う。爵位を与えられたのはその最たるものだ。
ウィンが誰の子であっても構わない。アルリフィーアにとって、それはどうでもいいことだった。貴族でなくてもいいとさえ思っていたのだ。だが、その逆は考えていなかった。
問題は、今自分のお腹の中にいるフェルティスあるいはミーフェリアナだ。この子は、皇帝の血を引くというのか? それは、この子にとって良いことなのか。それとも災いとなるのか。それが不安だった。
余計な政争に巻き込まれないだろうか。皇帝の孫として、誰かに担ぎ上げられたりしないだろうか。恐ろしいのは、アルリフィーアが感じた不安を他の誰かも抱くかもしれないということだ。
例えば、大公のロレンフス。彼にとって、ウィンやウィンの子は目障りなのではないか。排除したいと思われないだろうか。アルリフィーアやウィンの意思は問題ではない。「障害になり得る」と思われるかどうかだ。
できれば叔父でカーリルン公領の宿老だったヴァル・ステルヴルア・ベルロントに相談したかったが、彼は前年の12月に肺炎が悪化して死亡してしまった。ベルロントの子のノイルロントがサルダヴィア領を引き継いで重臣の席に列したが、このような相談ができる関係ではなかった。デシャネルもまた、アルリフィーアの婚礼を見届けた直後にこの世を去った。
実の父と母を失った後、代わりに彼女を守り慈しんでくれた者たちはもう居ない。良い家臣に恵まれているとは思うが、こうしたことを相談できる相手ではなかった。
そもそも、重要なことを何も語らないウィンに腹が立ってきた。事前に話してくれれば……どうしただろう。ウィンと距離を置いただろうか?
アルリフィーアは振り返って、寝台を眺めた。ウィンの安らかな寝顔が見えた。
やはり、ウィンの出自が何であろうとウィン以外は考えられなかった。彼の隣に立てることが幸せだった。彼の隣で眠れることが幸せだった。
不安は考えても仕方がない。何をすべきかが分かっていればいい。
「お腹の子は、ワシが守るのじゃ」




