ナインバッフ公
ラフェルス・カーリルン軍の野営地を設定すると、ウィンはレンテレテス、オルロンデム、ベルウェンを連れてファッテン伯領の街ペンドペントに向かった。ここでフォロブロンと落ち合うことになっている。
ペンドペントの市庁舎に入ると、フォロブロンは既に到着していた。
「ラフェルス伯、よく来てくれた」
「やあ、1カ月ぶりだね」
皇帝の葬儀の際に帝都で顔を合わせているので、久闊を除するほどではない。
「ファッテン伯領に来た気分はどうだ!」
突然、背後から雷鳴のような声が聞こえて、ウィンは悲鳴を上げて飛び上がった。
「ナインバッフ公!?」
ケルヴァーロは、「久しぶりだな、ラフェルス伯!」と言って大笑しながらウィンの背中をばんばんたたいた。
フォロブロンも目を丸くして硬直していた。行動予定はケルヴァーロの陣地に伝えていたから、彼の幕僚が来ることは予想していた。だが、まさか公爵自らやって来るとは思っていなかった。
ベルウェンまで動けなくなっていた。7年前のことを思い出しているのだろう。
フォロブロンは、ウィンとベルウェンよりも早く態勢を立て直すことに成功した。
「公爵が陣地を離れてよろしいのですか?」
「まあ、大丈夫だろう。心配するな」
ナインバッフ・グライス軍は今、オルドナ伯領南部の街ゲンテザイルを攻囲している。ヌヴァロークノ軍の主力を呼び寄せるという目的も兼ねている。
「で、皇帝軍とラフェルス軍はどう動くつもりだ?」
フォロブロンはオルドナ伯領の地図を討議室の机に広げた。
「グライス軍が南部から侵攻しているので、我々はファッテン伯領を通ってミラロールを直接衝くつもりです」
「なるほど。ならばグライス軍は派手に動いてやつらの目を南部にさらに引きつけよう」
「北部の様子は?」
「ヨーレント卿が探ってくれているが、全体像は不明だ。ミラロールには少なくとも1万5000前後の兵が居るらしい」
ミラロールはヌヴァロークノ本国とオルドナ伯領をつなぐ要衝になっている。ヌヴァロークノ軍にとって最重要防衛地点に違いない。
ナインバッフ公は腕組みをして地図を睨み付けている。やがて腕をほどくと右手の人さし指でミラロールをコツコツたたいた。
「やはりここの攻略が切所だな。ここを落とせば今後の作戦がかなり楽になる。それだけに抵抗も激しかろう」
ここでウィンが口を開いた。
「ミラロールはさほど大きな街ではないでしょう。1万5000の兵は入り切らないのでは?」
「そうなのだ。敵兵のほとんどは街の外で野営している。ま、だから数の見当が付いた訳だが。街の中については、残念ながら分からん。街からも敵がわらわら出て来る可能性はある」
「海上輸送力を考えると、主力はオルドナ伯領の攻略に回さざるを得ない。ミラロールの防衛に大兵力は割けないでしょう」と、ウィンは見切った。
「どうだ、グライス軍からも兵を回してもよいが」
「ヌヴァロークノの主力はグライス軍に向かう可能性が高い。十分な戦力で敵主力に当たるべきです」
「ラフェルス伯の言う通りだな。では俺は戻る。ザルヴァーエルを残すから、オルドナ伯の戦訓についてはヤツに聞いてくれ」
家臣のヴァル・ザルヴァーエル・カルターレンを親指で示すと、ケルヴァーロは市庁舎の討議室を出ていった。
「ナインバッフ公自らお出ましとは、相変わらず行動が読めない御仁だ」と、フォロブロンは苦笑した。
「そういう方なのです」と、ザルヴァーエルも苦笑した。




