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居眠り伯とオルドナ戦争  作者: 中里勇史
魔手

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42/72

迷路

 ロレンフスは復調傾向にあった。突然ふさぎ込むこともあったが、大公時代の判断力と決断力を取り戻しつつある。

 カレナーティアは、インジョウの死がロレンフス復調のきっかけになっているとみた。ロレンフスが立ち直ったのは明らかにその直後からだ。そのことは喜ばしいことだったが、ロレンフスはいまだにカレナーティアを避け続けている。カレナーティアと一切目を合わせようとしない。

 公式の場には必ずカレナーティアを伴い、正室として扱っている。決して粗略にするつもりはない、ということは分かる。それだけに、以前のように政治について語り合い、そうでないときはくつろいだ会話を楽しむといったことがなくなったのは解せない話だった。他の女のところに通っている、という気配もなかった。

 もう一つの変化としては、エルエンゾを寵愛する度合いが甚だしくなったことである。以前から、必死に仕えるエルエンゾを弟のようにかわいがっていたが、今やその次元を超えている。一時は男色も疑ったが、そうしたわけでもないらしい。あくまでも精神的な結び付きであるようだ。


 「確かに不可解ね」

 トレトナー副伯妃のメレレーンは頬に人さし指を当てて首をかしげた。彼女はカレナーティアの幼なじみで、ドレングル伯ザルカーノスと共に領地に帰ってしまったポールメリィの代わりに皇妃の話し相手として帝都にやって来た。

 「陛下は、何か大きなものをお心に抱えていらっしゃる。けれど、それが何か分からない」

 カレナーティアは、妻として皇帝を支えたい。だが、ロレンフスは壁を作ってそれを頑なに拒んでいる。

 「で、唯一心を開いているのが侍従のインジョウ卿だけ、ということね」

 カレナーティアは無言で頷いた。

 策士のメレレーンも、この事態には策が見つからない。迂闊なことをすれば決定的な亀裂を発生させる恐れがある。彼女はカレナーティアの手を握ることしかできなかった。


 そのころ、ロレンフスは執務室で一人、窓の外を眺めていた。一人になると、父の最後の顔が脳裏をよぎる。すると、父の顔に押し付けた枕、枕を通して感じた父の鼻の感触、父が動きを停止し、この世を去った瞬間、自分の行為を認識したときの絶望が次々によみがえってくる。

 父を……殺したのだ。

 インジョウの死によって、強迫の重圧から逃れることはできた。だが、自分が犯した罪からは逃れられない。自分の罪は決して許されることではない。

 ロレンフスは、いまだにカレナーティアと向き合うことができなかった。彼女は正しい。常に姿勢を正し、前を向いている。そんな彼女と対等な関係で共に帝国を統治しようと思っていた。だが、ロレンフスはその権利を自ら手放してしまった。カレナーティアに合わせる顔がないという負い目が、カレナーティアを遠ざけた。

 何でも語り合える同士であったカレナーティアを失い、頼れる家臣たちとも壁を作ってしまった。

 ロレンフスが心を許せるのはエルエンゾだけになってしまった。

 同じ罪を負ったエルエンゾだけが心安らぐ相手だった。だが、エルエンゾが同じ罪を背負っているからといって、ロレンフスの罪が消えるわけではない。


 ロレンフスは、いまだに迷宮の中をさまよっていた。

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