憎悪
心身共に満足したエルエンゾが帰路に就く姿を娼館の窓から見下ろしていたウリセファもまた、満足感にひたっていた。
監察使に復讐する手段を求めて帝都に来たものの、それ以降については無計画だった。貴族向けの娼館ではあったが、やって来るのは取るに足らない下級貴族や宮内伯のみ。本当に権力を持つ貴族は、より格の高い娼館から娼婦を呼び寄せる。娼館街にやって来たりはしないということに、ウリセファは後になってから気付いた。
焦る気持ちを抑え、「今はまだ情報収集の時」と思い直して遠回しに監察使について探りを入れると、それなりに話は集まった。
それは、ウリセファの心をいたく傷つけることになった。
まずナルファストについては、スハロートが死に、レーネットがナルファスト公を継承という。リルフェットは死んだと見なされているらしい。アルテヴァーク王国軍が侵攻してきた際は、あの監察使はナルファスト防衛に寄与したというではないか。
だがそんなことはもはやどうでもいいことだ。
この、もはや取り返しが付かないほどに汚れてしまった自分はどうなる。死んだあの人はどうなる。どうにもならない。どうしようもない。何もかも取り戻せない。
あの監察使はその後、何とカーリルン公と結婚し、伯爵になり、子供まで儲けたというではないか。
なぜあの男だけ幸せになっているのか。なぜ私にないものを全て手に入れているのか。愛する人を殺され、身体と心を汚された自分があまりにも惨めではないか。
新たな憎悪が沸き起こり、毎晩泣いて過ごした。とうの昔に涙は枯れたと思っていたが、あの監察使の栄華を知って再び涙が湧き出るようになっていた。
憎むべき敵の栄達を聞かされながら、汚らわしい男たちに犯される日々にひたすら耐えた。復讐の機会をひたすら待った。下賎な男にも身体を与え、手下にして、娼館街の外にも網を広げて使える駒を集めた。
そして、ついに機会が巡ってきた。絶好の手駒を手に入れた。
まだだ。
あの世間知らずの宮内伯をじっくり育てて、皇帝をもっと操れるようにしなければならない。皇帝と宮内伯に成功体験を積ませるのだ。実際には自分たちの努力に基づく功績なのだが、それを私の助言に従ったからだと錯覚させるのだ。私の助言など何の役にも立っていないということを、悟られてはいけない。
当たり前だ。
自分は政治も軍事も分からない。娼館に閉じ込められ、世の中のことも知らない。公女時代に知った単語と表現を使ってそれらしいことを口走っているだけなのだ。気品だけはあるから、それらしく聞こえるだけなのだ。
エルエンゾは、私の助言に基づいて皇帝に進言するだろう。だが、その過程でエルエンゾは説得力を高めるために自分の意見も織り交ぜる。知らず知らずに私の助言を正しい知識で補強するのだ。それを聞いた皇帝は、自分の見識に基づいて補強しつつ解釈する。こうして、私の助言は正しい知識に基づいた計画に昇華する。
ウィンを出陣させるという計画は、勝っても負けても皇帝にとって得になるように条件設定されている。つまり、どう転んでも成功するのだ。
私の助言に従えば、成功するのだ。
その段階を経てからが本番だ。
まずは、あの監察使の妻から壊してやる。夫と子を得て幸せに暮らしている女に、私と同じ屈辱を、女として考えられる限りの地獄を、生きたままじっくり味わわせてやる。
そして、その姿をあの監察使に見せつけるのだ。




