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居眠り伯とオルドナ戦争  作者: 中里勇史
魔手

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39/73

傀儡

 5日後、エルエンゾは娼館街に向かった。「あの夜」の支払いをしなければならない。皇帝を救うことができたことへの礼も言わねば。それに……要はあの娼婦の肢体が忘れられなかったのだ。

 娼館街に来たものの、店を見つけることができなかった。あの日は動揺していたし、帰りは頭が奇妙な感覚に包まれていて夢見心地だった。考えてみれば店の名前すら覚えていない。

 途方に暮れていると、あのときの痩せた小男が突然現れた。

 「若様、おなりをお待ちしとりやした。さ、こちらで」

 なぜ来ることを知っていたのか全く見当も付かないが、首尾良く目的の店にたどり着けた。


 「旦那様、またお会いできてうれしゅうございます」

 ウリセファが、妖艶な笑みを浮かべて近づいてきた。

 「その旦那様というのはやめてくれ。エルエンゾだ」

 「ではエルエンゾ様、こちらへ」

 ウリセファに手をとられ、エルエンゾは寝台の縁に座らされた。部屋は既に形容し難い香りに満たされていた。何やら頭がぼんやりして、気持ちが安らいだ。ウリセファに勧められたぶどう酒は、不思議な味がするが、飲むごとに気分が高揚してくる。

 ウリセファはエルエンゾの隣に座ると、彼の体に舌を這わせた……。


 ウリセファの汗ばんだ裸身を抱き寄せると、エルエンゾはぼんやりとした頭で語り出した。まだ少し息が上がっている。

 「陛下は確かに、私に感謝してくださった。だが、まだ先帝を弑し奉ったことを悔やみ、苦しんでいらっしゃる。もっと心を軽くして差し上げたいのだ」

 エルエンゾの心と体は、ウリセファに依存し始めていた。だが彼はそのことを自覚していない。

 「先帝を弑したことはもはや取り返しのつかぬこと。であれば、それを上回る功績で上塗りするしかありませぬ」

 「功績?」

 「例えば今、帝国に問題は発生しておりませぬか? それを解決し、自分にしかなしえぬことだと思えれば御心も満たされましょう」

 「そう、今帝国は敵の侵略を受けている。ナインバッフ公にお任せしているが、簡単には片付きそうもない」

 またも、帝国の秘事を娼婦に無自覚に垂れ流していた。

 「ナインバッフ公をお助けして侵略を撃退する。皇帝にしかできぬ壮挙ではありませぬか」

 「なるほど。しかし軍事面はアレス副伯(フォロブロン)の管轄であるしな……」

 アレス副伯? 聞き覚えのある爵位だが、どこで聞いたのだったか。ウリセファは思い出すことができなかった。

 「では、皇帝軍の指揮官としてアレス副伯を出兵させてはいかがでしょう。軍事を統括なさっているなら、不自然ではありますまい。皇帝軍による解決という目的も達せましょう」

 「うむ」

 「そして、アレス副伯が居なくなれば皇帝はエルエンゾ様が独り占め……」

 ウリセファの助言には幾つか穴があるのだが、酒と薬物にまみれ、美女の肢体に溺れて思考力が低下したエルエンゾには、この上ない名案に思えた。

 エルエンゾは気付かなかったが、ウリセファはこのときわずかに身構えた。彼女にとってはここからが本題なのである。彼女は裸身をエルエンゾに擦り付けるように密着させた。

 「そういえば、先帝には庶子がいらっしゃるとか」

 「そんなこと、よく知っているな」

 「このお店には他の宮内伯様もいらっしゃいますので」

 ウリセファは、他の客の存在をあえてちらつかせた。エルエンゾがこれにどう反応するかは賭けだ。

 エルエンゾは顔全体が熱くなるのを感じた。そう、ここは娼館。他にも客が来る。エルエンゾが居ないときは、この美しい肢体を他の宮内伯が……。想像するだけで、これまでに味わったことのない怒りと嫌悪感を覚えた。

 それだけではない。大したことも知らぬ宮内伯どもが、訳知り顔で彼女に語っていると思うと片腹痛い。皇帝の側近たる侍従には遠く及ばない、「下っ端」の分際で!

 「ふん、『下級の』宮内伯に何を吹き込まれたのか知らぬが、やつらが知っていることなどたかが知れている」

 ウリセファは甘えるようにエルエンゾの胸に顔を埋めて顔を隠し、笑い出さないように必死に堪えた。賭けに勝った。この世間知らずの小僧は、ウリセファの意のままに誘導されている。怒らせた後は、その空虚な自尊心をくすぐるだけだ。

 「皇帝と秘密を共有するエルエンゾ様なら、詳しくご存じなのでしょう?」

 「当然だ」

 「その庶子も出陣させるのがよろしいかと」

 「何?」

 「皇帝の誉れを高めるには、ティーレントゥム家も戦に出陣すべきでしょう。しかし親征はやり過ぎというもの」

 「負けたらどうする」

 「よろしいではありませんか。たかが庶子、ティーレントゥム家にとって痛くも痒くもありませぬ。聞けば庶子は皇帝よりも歳上とか。潜在的な競争相手を排除する口実にもなりましょう」

 「恐ろしい女だな。だが一理ある。しかし、勝ってしまったら不都合ではないか」

 「勝ったら、お褒めになればよいのでは? ティーレントゥム家による勝利なのですから」

 「それで庶子が増長するかもしれぬ」

 「そのときは、処分すればよいだけのこと。口実などいかようにもできましょう?」

 「なるほど、勝って負けても好都合か」と言って、エルエンゾは笑った。


 「好都合なのはお前の足りない頭よ」と、ウリセファは心の中で嘲笑った。

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