オルドナ伯領失陥
ケルヴァーロが領国に入ってグライス軍の編成に着手した時点で、オルドナ伯領はほぼヌヴァロークノ王国に制圧されていた。
トローフェイルの戦いでオルドナ伯領の野戦戦力を全滅させると、ヌヴァロークノ軍は次々にオルドナ伯領の街や城を攻略していった。新たな街を落とすと、ミラロールからヌヴァロークノ人がやって来て街を支配した。
ヌヴァロークノ軍は、新たに到着した兵や恭順したオルドナ伯領の貴族らを糾合して3万を超える大軍となり、各街にも多くのヌヴァロークノ人が入植して籠城態勢を整え始めた。帝国人の多くは追放され、残された一部の帝国人は奴隷にされているらしい。
オルドナ伯領全体がヌヴァロークノ王国化したようなもので、一つの街を奪還することすら容易ではない状態になっていた。
「完全に油断したな。俺の失策だ」
ケルヴァーロは頭をかきむしりながら自嘲した。諸侯の多くが領地を離れて帝都に集まるという状況に対して、十分な手当をしていなかった。海からの国家規模の侵略など100年以上なかったが、それは「今後もない」ことの保証にはならない。オルドナ伯を沿岸の守備の要として残留させたが、それだけでは足りなかった。ケルヴァーロは、全て自分の責任であると認めた。
戦争の在り方も、今回は全く異なる。
ヌヴァロークノ王国が国土を捨てる覚悟で平民までつれて来るという戦略を取ったことで、「ヌヴァロークノ軍に野戦で勝てばよい」というわけにはいかなくなった。
「公爵が所領に居ても、北部は制圧されていたでしょうな」
ケルヴァーロの脇に控えていたヴァル・ストルザイツ・サンツァーツは表情を変えずに言い放った。ケルヴァーロと同じストルザイツ家に属する一門衆の1人で、今は副将を務めている。
生存者たちの証言によって、事の次第は明らかになりつつあった。彼らから聞き取った限りでは、オルドナ伯やヌリメリルの判断は大きくは間違っていなかった。敵がそれ以上に優れていたことが原因なので、トローフェイルでの敗北までの流れを変えることはできなかっただろう。グライス軍を編成して反撃の態勢を整えている間にオルドナ伯領の北部は制圧されていることになる。
「兵はどれくらい集まった」
「公国軍が1万5000、グライスの諸侯たちの兵が5000といったところかと」
「トルトエン副伯の斥候が捕捉した敵軍は3万を超えてるそうじゃないか。まだ動きが取れんな」
トルトエン副伯領には、フォロブロンの家臣のヴァル・ヨーレント・イガレンスが入ってフォロブロンに代わってトルトエン副伯軍を指揮していた。もっとも、トルトエン副伯領が動かせるのは900人程度なので補助的な役割しか果たせない。
ケルヴァーロは積極的な用兵を得意とする猛将型だったが、寡兵で突撃する愚か者ではない。兵が足りない状況で戦わねばならないならば相応の戦い方をするが、待てば兵がそろうのであればそろうまで待つ。オルドナ伯領の状態は気になるが、今はナインバッフ公国内で十分な兵力がそろうのを待つしかない。グライス軍の招集に各諸侯が応じれば、4万を超える兵力になる。
ナインバッフ公国の中心都市、ドロウアイルにあるナインバッフ公の宮殿の広間は、グライス軍関係者に開放されていた。
ケルヴァーロやストルザイツもここに詰めて情報の集約や諸侯への指示を行っている。
「ポルセアルが降伏して城門を開いたようです」
広間に入ってきたヨーレントが、最新情報をケルヴァーロに報告した。
戦況はますます悪化していた。
「これでオルドナ伯領南部まで敵の勢力下に落ちたか」
準備を整えた上で籠城した街を落とすのには数カ月かかる。オルドナ伯領を奪還するのに何年かかるか。同時に、増強し続けているヌヴァロークノ王国の野戦軍も相手にしなければならない。
「初動でドジると後始末が大変だな」
ケルヴァーロは、頭をかきながら大笑した。
ストルザイツは、「笑い事ではありませんよ、公爵」と冷静にたしなめると、ヨーレントと共にどこかに行ってしまった。




