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居眠り伯とオルドナ戦争  作者: 中里勇史
魔手

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36/72

 皇帝の御心を救う。

 崇高な使命感を胸に抱いて帰宅したエルエンゾを待っていたのは、大混乱に陥った屋敷だった。

 「若様、大変でございます。大殿様が何者かに殺されてしまわれました」

 「何?」

 誰もエルエンゾのことを疑っていない。どうやら、賊が侵入したと思われているらしい。言い訳を色々と考えていたので拍子抜けした。エルエンゾは「自分は陛下にご報告にまいる」と言って、参内用の服に着換えて皇帝宮殿に向かった。


 ロレンフスは、「父トウエスエが死んだ」というエルエンゾの報告に驚き、そして表情の選択に困って顔をしかめた。こめかみを親指と中指で押さえながら俯くと、沈痛な表情を作って顔を上げた。この状況にふさわしい振る舞いを定めたのだろう、とエルエンゾは想像した。皇帝と父の関係性を思えば、無理からぬことであった。

 「インジョウ卿が……。そうか……」

 ここが勝負所である。皇帝の御心を救わねばならない。ウリセファが教えてくれた通りに告白した。

 「私は大罪人です。どうか、私を処刑してください」

 「エルエンゾ、何を言っている?」

 「父トウエスエを殺したのは私なのです。私は父殺しの大罪人なのです。せめて、陛下のお手で」

 エルエンゾは、涙を流しながらロレンフスの前に跪いた。

 「そなたが、インジョウ卿を……。一体なぜ」

 「父から全て聞きました。先帝陛下の崩御の秘密を。それを利用して父が陛下を強迫していることを。私は父が許せなかった。陛下を我が父からお救い申し上げたかったのです」

 「そなた……全て知ってしまったのか」

 「ご安心ください。誰にも漏らしておりません。後は、私を父殺しの罪でお手討ちになされば陛下の秘密を知るものはいなくなります。さあ、今すぐこの首をおはねください」

 エルエンゾは、自分が発した言葉に酔いしれていた。もはや真心なのか演技なのか、自分にも区別できていない。ここでロレンフスに首をはねられても悔いはなかった。

 事態の急展開に、ロレンフスはめまいを感じた。救われたという思い。それでも消えぬ罪。エルエンゾにも同じ罪を負わせてしまったという後悔と負い目。にわかに整理できるような問題ではなかった。だが、「エルエンゾを死なせてはならない」ということだけは明白だった。

 ロレンフスは、跪いているエルエンゾを抱き寄せて「死ぬことは許さぬ」と言った。「エルエンゾ、そなたに罪はない。これからも余に仕えてほしい。余を一人にしないでくれ」

 「陛下……」

 「余は、エルエンゾによって救われたのだ。そなたのおかげだ。エルエンゾが私を支えてくれ」

 「陛下のためならば、何を厭うことがありましょう。このエルエンゾをお頼りください」

 権力も身分も要らぬ。ただただ、陛下のために尽くしたい。エルエンゾは心の底からロレンフスに忠誠を誓った。


 エルエンゾは喜びに震えた。あの素晴らしい娼婦、ウリセファのおかげで全てうまくいったのだ。


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