フェット
貧民街には貧民街なりの社会がある。野垂れ死にするのを待つばかりの老人から、貧民街を暴力で支配して貧民を使役し、上がりをかすめ取る者まで、この世の縮図がそこにあった。
この街の人口は増加傾向にあるが、それは平民街からの流入者によるところが大きい。ここでは子供の多くは乳児の間に死ぬ。この街で「生まれ、育つ」のは極めて困難だった。それでも皆無というわけではなく、乳児期を生き延びた子供たちもいた。彼らの多くは親がなく、徒党を組んで生きている。
徒党を組めば、争いが生じる。集団対集団の抗争は跡を絶たない。
この貧民街に小さな変化があった。十代半ばの子供の集団の一つが急速に勢力を伸ばし始めたのだ。その集団の指導者は、フェットという栗色のくせっ毛の少年だった。彼は他の子供たちが躊躇するような行為を平然とやった。人殺しも無感情にやってのけた。彼に率いられた集団は敵対勢力を次々に潰した。あまりにも残忍な手口に、大人たちも怯えた。
フェットの周りには、常に十数人の少年少女が居た。彼らはフェットを自分たちのお頭に祭り上げ、たむろし、騒いだ。だが、フェットはこの状況が疎ましかった。無意味にもめ事を起こして騒動を起こすガキどもにまとわりつかれるのは迷惑だった。
きっかけは単純だ。浮浪児の集団に襲われていたガキを、ほんの気まぐれで助けてやったのだ。浮浪児の集団の一人の顔が気に入らなかったとか、その程度の理由だ。覚えていないのだから、本当にどうでもいい理由だったのだろう。
フェットに撃退された浮浪児たちは、後日さらに人数を集めてフェットを襲撃してきた。それも撃退した。面倒なので2、3人殺して川に死体を捨てた。それが新たな怨恨の種となり、フェットは再び降りかかってきた火の粉を払った。また何人か死んだ。
フェットは襲われたから返り討ちにしただけなのだが、第三者には敵対集団を潰して回っているように見えていたらしい。
そもそもフェットは、養父に「目立つな」とキツく言い付けられている。養父? アレは養父なのか? 違うような気もするが、他の言葉を知らない。とにかく、アレ、ダゼゾボという男にそう言われている。フェットは、「生きていてはいけない人間」らしい。
ではなぜ生きているのか。ダゼゾボは「殺しそびれたのだ」と言う。ならば今殺せばよいではないかと言ったら、「いまさら殺しても仕方がない」と言う。つまり生きていてはいけないのだが、殺す価値もないということか。何だかよく分からない。
別に生きる目的などないのだから、生きていても仕方がない。だが理由もなく死ぬのは嫌なので生きている。フェットは、自分はどうしたいのか、が分からない。ただ生きているだけだ。死んでいないだけ、と言い換えてもいい。
ダゼゾボは、何かの仕事を請け負って1年ほど前に出かけたまま戻ってこない。どこかで野垂れ死んだのかもしれない。あんな糞のような人間は死んで当然だ。別にどうでもいい。
そして、ダゼゾボの留守中に、必要以上に目立ってしまった。
フェットがねぐらから出て貧民街をうろつくと、どこからともなくガキどもが現れて付きまとってくる。ガキどもは勝手に「フェット団」などというみっともない集団を自称し始めた。堪らなく嫌だ。
我慢できなくなったら、まとめて殺してしまえばいい。十数人くらい、あっという間に始末できる。いつでも殺せると思ったら、どうでもよくなった。
そして今日もまた、何の意義も目的も見いだせないまま、フェット団のたまり場と化した廃屋でぼんやりしていた。
「俺は……何がしたいんだろうな」




