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居眠り伯とオルドナ戦争  作者: 中里勇史
魔手

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34/75

支配

 初めて女を知った若い男の欲望に、ウリセファは何度も応えた。何もかも忘れて本能の赴くままに振る舞ったためか、客は落ち着いてきたようだ。

 ウリセファは、人さし指で客の体をなぞりながら「旦那様は宮殿にご出仕なさっていらっしゃるのでしょう?」と尋ねた。宮内伯どもは、これで自分のことを得意げに喋り続けるものだ。

 「私は宮内伯としてお役目を頂戴しているが、委細は明かせない」

 ウリセファの目が妖しく光った。これまでの、口先だけで大して力のない宮内伯とは反応が違う。コイツは「当たり」かもしれない。

 「まあ、教えていただけませんの?」

 「外部の者に軽々しく話せぬお役目だ。許せ」

 ウリセファはほほ笑むと、引き出しから粉末をひとつまみ取り出して香炉に振り撒いた。

 「それは?」

 「気分が良くなるおまじないでございます」

 室内に、不思議な香りが漂い始めた。

 ウリセファは、先ほどの粉末をぶどう酒にそっと振りかけると、それを自分の口に含んでエルエンゾの口に流し込んだ。そして、右手をエルエンゾの下半身に這わせる。固い感触を確かめると、妖艶に笑った。

 「では、もう一度……」


 エルエンゾは時間の感覚を失っていた。この娼館に来てからどれくらいたったのか。1日なのか1カ月なのか。香炉から発せられる不思議な香りをかいでいると、気分がふわふわしてどうでもよくなる。娼婦の手練手管はエルエンゾの本能を刺激し続け、何度達したのかも分からない。ここは楽園だった。あらゆる快楽があった。嫌なことを何もかも忘れていられる。

 「そなたが居れば、もう何も要らぬ」

 「まあ、お上手ですこと。でも大切なお役目がおありなのでしょう?」

 「私はな、皇帝陛下のお側に侍っておるのだ。先帝ではないぞ。今上帝だ。娼婦ごときが知らぬであろうが、侍従というやつだ」

 皇帝の侍従!

 ついに大物を引き当てた。利用価値のある男である可能性が高い。

 「まあ、侍従様ですか。侍従様はさぞかしお偉いのでございましょう」

 「侍従など大して偉くはない。だが、私の父は皇帝の弱みを握って操っておった」

 この若造は面白い話を聞かせてくれるではないか。慎重に、慎重に……。ウリセファは、焦る気持ちを抑えてエルエンゾの体に舌を這わせた。もっと喋らせるために、もっと悦ばせなければ。

 エルエンゾは、ウリセファによって与えられる刺激に体を震わせた。同時に、この美しい女を従えているのだ、支配しているのだと錯覚した。偽りの全能感に満たされ、自分の中で抑圧してきた言葉があふれ出す。ここに居るのは、下賎の娼婦に過ぎない。自分の支配下にある女でしかないのだ。

 「今上帝は、先帝を手にかけていた。それを私の父に知られたのだ」

 大きな秘密を抱えている者ほど、一度しゃべり出したら止まらなくなる。もう少し、口を軽くしてやろう。ウリセファは、薬物入りのぶどう酒をエルエンゾの口に流し込んだ。

 「それで?」

 「私はな、そんな父が許せなかった。だから殺した」

 「殺したのですか」

 「短剣で、一突き。私の手は血で汚れてしまった」

 それで血で汚れていたのか。

 間違いない。この若造は大当たりだ。使える。あの監察使を破滅させる道具にうってつけではないか。

 「私は父殺しだ。罪人だ。もはや屋敷にも宮殿にも戻れぬ。ここでそなたと暮らしたい……」

 薬物の影響か、感情の振幅が大きい。全能感に支配されて尊大になったかと思うと、勝手に絶望のどん底に落ち込んでいる。だが、感情が極端であればあるほど誘導しやすい。

 「旦那様は、宮殿にお戻りになって皇帝に全てをうち明けるべきです」

 「そ、そんなことができるわけがなかろう」

 「皇帝は父殺しの罪を背負い、旦那様のお父上に脅迫されるという二重の苦しみの中にあらせられたはず。しかし、旦那様のおかげで皇帝は強迫から逃れることができました」

 「うむ」

 「それだけではありませぬ。旦那様は、皇帝と同じ罪を背負われた。罪の意識から孤独を強いられている皇帝は、旦那様に光明を見いだすことでありましょう」

 「私ごときがそのような……」

 「いいえ、旦那様の存在こそが皇帝の御心を救うのです。皇帝の御心をお救い奉ることができるのは、旦那様以外にいらっしゃいませぬ」

 「私が、陛下を……」

 「ああ、旦那様。皇帝をお救いくださいまし。旦那様にしかできぬことなのですから……」

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