淫蕩の女神
ウリセファは、客を舐めるような目で観察した。男はこういう目つきで見られると喜ぶことを彼女は知っていた。
客の服は、汚れているが上質だ。胸には宮内伯の徽章を付けている。単なる貴族のお坊ちゃまではなく、任官された宮内伯なのだ。彼らは気位が高く、この徽章を見せびらかす者が多い。元公女の彼女から見れば、皇帝の使用人に過ぎないのだが。
客の顔や手、服の所々に血が付いている。髪の毛や服が濡れているのは、どこかで血を落とそうとしたのだろう。刃傷沙汰でも起こしたのか。ひどくおびえた目をしていることも、それを裏付けている。金にものを言わせて女を買いに来たようには見えない。
「店の者に洗濯させましょう。まずはお召し物をお脱ぎになって」と言って、客の服を脱がせた。脱がせながら、客の首筋に息を吹きかける。客は、びくっと体を震わせると彼女から逃れるように後ろに下がった。
「どうかなさいまして?」
「わ、私はこのようなことをしに来たのでは……」
「では、お話を致しましょう」
ウリセファは、客を敷物に座らせてぶどう酒を勧めた。
エルエンゾは、勧められるがままに腰を下ろし、杯を受け取った。蝋燭の火に照らされたぶどう酒は何やらどろりとしており、血の色に見えた。父の胸に突き刺さった短剣、両手にべっとりと付いた父の血を思い出して、エルエンゾは嘔吐した。父殺しの恐怖がよみがえってきた。今頃屋敷は大騒ぎになっているはずだ。自分は父殺しの下手人として裁かれるだろう。エルエンゾは絶望した。
ウリセファは、ぶるぶると震える客の背中を優しくさすり続けた。だが、彼女の目は獲物を値踏みする猛禽類のように鋭かった。
「わ、私は……」
「ご安心ください。ここにいるのは私だけ……。私だけは、旦那様のお味方でございます」
「み、味方?」
「はい。私だけは」
「そなただけ……」
エルエンゾは泣き出した。恐怖と安堵で何も考えられない。彼女に誘導されていることにも気付かず、目の前に居る女だけが自分の味方であると思い込み始めていた。
ウリセファはエルエンゾを抱き締めて、耳元でささやいた。
「女は……初めて?」
エルエンゾはぶるぶると震えながら頷いた。
「では私に全てお任せを。天国にお連れ致します……」




