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居眠り伯とオルドナ戦争  作者: 中里勇史
魔手

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32/73

接触

 屋敷を飛び出したエルエンゾは、夜の帝都を走り続けた。目的地などない。ただ、父の無様な死体から遠ざかりたかった。

 やがて疲れ果てたエルエンゾは、辻に設けられた噴水で水を飲んだ。喉がカラカラだった。

 水面に自分顔が映っていた。暗いが、月明かりで思いのほかはっきり見える。

 顔に返り血が付いていた。「ひっ」と小さく悲鳴を上げると、顔を洗った。よく見ると、手も血だらけだった。恐慌を来して手を洗った。擦り続けた。父の汚い血が気持ち悪かった。こんな姿を人に見とがめられたら騒ぎになってしまう。


 「旦那、何かお困りで?」

 突然声をかけられて、エルエンゾは再び悲鳴を上げた。びしょ濡れでおびえ続けるエルエンゾは、誰がどう見ても尋常ではない。

 声をかけてきたのは、150セルほどの身長の痩せた男だった。身なりは平民に見える。下卑た笑みを顔に貼り付けて、男はエルエンゾに近づいてきた。

 「く、来るな!」

 「まあ、そうおっしゃらず。悪いようにはしませんぜ」

 男は、そう言いながらエルエンゾに近づき、両手を開いて顔の左右に掲げて武器を持っていないことを示した。近づきながら、エルエンゾを観察した。身なりは上等だ。若くて世間ずれしていない。これは、「あの方」に上納する価値がありそうだ。

 「旦那、いや若様。そのままじゃ風邪引きますぜ。行くあてがないなら、いいところをご紹介致しやす」

 男は危害を加えるつもりはないらしい。エルエンゾは少し落ち着いて、自分の身なりを確認した。ここは月明かりしかないから目立たないが、顔も服も濡れているし、返り血が残っているかもしれない。この状態で貴族の邸宅街には戻れない。そもそもここがどこかも分からなかった。戻りたくても戻れない。

 「どこに行くというのか」

 「例えるなら地上の楽園ですな。安全は保証しますぜ」


 男について行くと、少し賑やかな街区に着いた。

 「ここは……」

 「いわゆる娼館街ってやつです」

 男は賑やかな表通りを避けて裏道に入ると、裏口を開けた。「さ、若様こちらから」と言って、エルエンゾを誘う。

 個室になっている待合室にエルエンゾを案内すると、「少々お待ちを」と言って男はどこかに行ってしまった。

 しばらく待っていると少女が現れ、「ご案内します」と言ってエルエンゾの手を取った。

 少女は、豪華な装飾が施された部屋にエルエンゾを案内すると、すっとどこかに消えた。


 「旦那様、いらっしゃいませ」

 奥から若い女の声がした。声のする方へと歩を進めると、ぞっとするほど美しい女が立っていた。皇帝宮殿でも、これほど美しい女性は見たことがない。

 「あなたは……」

 「ウリセファと申します。かわいがってくださいまし、旦那様」

 女は、妖艶に笑った。

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