父殺し
「あれを庶子として正式に認め、国政に参加させる」
父のその言葉に、ロレンフスは湧き上がる激情を抑えられなくなった。
「母上をまだ苦しめるおつもりか! ラフェルス伯を公認するということは、あの女の存在も認めるということではありませぬか。正式な手順も踏まず手を付けた女が産んだ子を取り立てるなど!」
「フェグノーエの墓も霊廟に造営した。もはや公認したも同然ではないか」
ウィンが爵位と引き換えに皇帝に渡したもの。それこそが、ウィンが盗み出し、長らく隠匿していた母フェグノーエの遺骨だった。皇帝は、力づくで奪うことはしなかった。やろうと思えばできたはずなのにそうしなかったのは、後ろめたさがあったからなのか。
「ピンテルを使って公然の事実にして、次は公認ですか。何と姑息な!」
「その暴言は、若さゆえの暴走ということで一度は聞き流してやろう。下がれ」
ロレンフスは感情の制御を失って、皇帝を寝台の上に突き倒した。皇帝も、この行為にはさすがに驚いた。
驚愕する父の顔を見たロレンフスは、「情けない」と感じた。偉大なる皇帝、巌のような父。その父が、怯えたような表情を浮かべたことが許せなかった。父が急に卑小な存在になったような気がした。
そんな顔は見たくなかった。
枕をつかむと、父の顔に押しつけた。皇帝は惰弱であってはならない。そんな顔をしてはならない。無我夢中で枕に体重をかけた。
気付いたときには、皇帝は呼吸を止めていた。
執務室に戻ってこないロレンフスを呼びに来たインジョウは、ロレンフスが皇帝の顔から枕を持ち上げる現場を目撃した。
「殿下……」
インジョウの声で我に返ったロレンフスは、血の気を失って崩れ落ちた。
「私は……私は父上を……。父上を……」
インジョウは皇帝の胸に自分の耳を押し当ててみた。だが、鼓動は感じられなかった。明らかに、死んでいた。
インジョウにとって、選択肢は一つしかない。ロレンフスを弑逆者として告発しても、何も得るものはないのだ。この愚鈍な男にしては異常な速さで結論を下した。
「殿下は執務室にお戻りを。陛下は『ご容体が優れぬ』ようです。もうすぐ急変されましょう」
「インジョウ卿は何を言っている……」
「殿下が退室された後、陛下は病死なさいます。後はお任せを」
ロレンフスが皇帝の寝室から離れると、インジョウはマーティダを呼んだ。
「陛下が……陛下が崩御なさいました」
「後はお前が知っている通りよ」と言って、トウエスエは笑った。皇帝殺しをネタに侍従長の地位を得て、国政に口出しするようになった。宮内伯は爵位を得ることも領地を得ることもできない。その代わりに一族の者を取り立て、娘婿の貴族に爵位を与えようとしている。
「ロレンフスめが帝位にある限り、我が一族は甘い汁を吸い続けられる。お前も父のとっさの判断に感謝するのだな」
トウエスエは笑った。笑いが止まらない。この帝国の最高権力者である皇帝を自由に操れるのだ。自分こそが真の最高権力者なのだ。そう思うと愉快で仕方がない。
エルエンゾは絶望した。父の何と浅ましいことか。何と醜いことか。醜悪極まりない。ロレンフスは、こんな俗物に弱みを握られて苦しんでいる。許し難い事態だった。
「お前も侍従長にしてやる」
そう言って、トウエスエはさらに笑った。
エルエンゾの意識はそこで途絶えた。
再び意識を取り戻したとき、エルエンゾは手にした短剣で父の胸を突き刺していることに気付いた。短剣は正確に心臓を貫き、トウエスエは絶命していた。
自分が何をしでかしたのかを理解したエルエンゾは、悲鳴を上げて逃げ出した。




