家臣たち
今日もまた、ウィンはニレロティスにしごかれていた。今回は槍術ということで、短槍と同じ長さの鍛錬用の棒を使っている。実戦用の槍よりも軽く作られているが、当たれば痛い。もっとも、実戦用の槍は芯に鉄の棒を仕込むので痛いどころではない。殴られたら骨が砕けてしまう。
「伯爵、またボコボコにされてるなぁ」と言いながら、ヴァル・アークラスム・ドミティアエンはくわえていた草をプッと吐き出した。この男はニレロティスの遠縁で、今はウィンの家臣としてラフェルスに領地を与えられている。自分の主君が棒で小突かれる様を見て、「いひひ」と笑った。
身長は165セル程度だが、筋肉質で肩幅が広いのであまり小さくは感じさせない。やたらと口が悪いが、不釣り合いな垂れ目のためか愛嬌がある。「自分の拳を口に入れられる」という特技があるが、この特技が他者に評価されたことはない。
「嘆かわしい。こんなことで軍役を全うできるのか」と言って顔をしかめているのは、アークラスムと同じくカーリルン公領出身でウィンの家臣になったヴァル・ゼルカント・クラエインである。身長は170セルくらい。痩せ気味なのでアークラスムより小さく感じる。異常に悲観的だが、慎重な判断がアークラスムの暴走を止める機能を果たしている。細目で、目を開いているのかどうか傍目には判断し難い。
その言葉を聞いたヴァル・オルロンデム・サルカーテトは、顎をさすりながら反論した。
「伯爵が武勇を示さねばならぬようでは負け戦であろう。そうならぬようにするのが我らの役目ではないか」
彼は貴族的であることを自らに課している。ゆえに、ぞんざいな振る舞いが多いアークラスムとは相性が悪い。180セルの長身で、身のこなしも貴族的だった。淡い色の金髪を顎の辺りまで伸ばしている。
「そうは言うがな、ありゃひど過ぎだろう。木の棒で殴られただけで死ぬぞ、あれは」と言って、アークラスムはいひひと笑った。
オルロンデムはアークラスムの言いようが気に入らなかった。貴族的ではないと昔から思っている。「主君を『あれ』とはなんだ。あれ呼ばわりするものではない」
「ああん? 貴様喧嘩売ってるのか」
「どうしてそうなるのだ。貴公は昔から変わらぬな。その粗暴な言葉遣いを改めろ」
ゼルカントは、ため息をついて目を背けた。この2人は昔からこうだ。こんなことでこの先やっていけるのかと思うと、暗たんたる思いを禁じ得ない。
「オルロンデムたち、それより助けてくれよ」と、ウィンが悲鳴を上げた。
アークラスムはいひひと笑って答えた。
「ニレロティス卿に一太刀くらい返してくださいよ、伯爵」
「無理だって! ニレロティス卿は強いんだ」
「そんなこと知ってますよ」
「今日もやっておるな」
侍女のエメレネアを連れたアルリフィーアがやって来た。彼女は、妊娠してからというものお腹の中の子に栄養をたんと与えることを自らに課し、食事をワシワシと食べまくっている。そのためか、頬が以前よりもややふっくらとしている。しかし手足は相変わらずほっそりしており、エメレネアをはじめとする侍女たちを怯えさせていた。
「ふむ、我が夫はどこじゃ」
「ニレロティス卿の前に転がっている鉄くずですよ」と、アークラスムが指さした先に、甲冑を着けたまま地面に倒れているウィンの姿があった。
「アークラスム卿、あれでも公爵の夫君だぞ。口を慎め」
「そういうオルロンデム卿も『あれ』などとほざいているではないか」
「ワシの夫がボロボロなのはいいとして、そなたらも随分と男ぶりが上がったのう」
アルリフィーアはそう言ってわははと笑った。公爵がだんだん夫君に似てきたことが、エメレネアは気掛かりでならない。アルリフィーアはよく笑う女性ではあったが、「わはは」とは言わなかった。
ウィンが稽古を付けさせられている様を眺めていた3人も、既に痣だらけで動けなくなっていた。
「3人とも、休憩は終わりだ。立て!」。所用で鍛錬場を離れていたヴァル・レンテレテス・バロエンは、戻るなり3人を一喝した。レンテレテスはカーリルン公領の武官で、ニレロティスの友人兼右腕のような存在である。
「ラフェルス伯をお守りするお前たちがこのざまでどうする」と言って、レンテレテスは3人を睨み付けた。
打撲の度合いは、実のところ3人の方がウィンよりも深刻だった。受け身も満足にできないウィンに合わせて、ニレロティスはかなり手加減している。ウィンがフラフラなのは、痛みではなく疲労によるものだった。しかし3人は武芸の心得がある。甲冑を使って打撃をうけながす方法も体得しているはずだった。レンテレテスはその3人に合わせて、より「実戦的」に鍛えている。大怪我をさせないように配慮しているとはいえ、3人は既にかなりの打撃を体に受けていた。
「実に頼もしいことじゃ。皆、せいぜい気張るがよい」と言い残して、アルリフィーアは愉快そう笑いながら去っていった。




