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居眠り伯とオルドナ戦争  作者: 中里勇史
嵐の始まり

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29/72

懸念

 ナルファスト公レーネットと公妃アトラミエもナルファストへの旅路に就いた。

 アトラミエが話をしたいと言うので、レーネットは馬を家臣に任せてアトラミエが乗る馬車にしばらく同乗することにした。

 「久しぶりに馬車に乗ったが……馬とは別の意味で疲れるな」とレーネットは嘆息した。騎乗する場合は、馬の歩みによる規則的な上下動に体を合わせる必要があるし、鞍も硬いので尻が痛くなる。馬車は馬車で、路面の凹凸が不定期の震動となって直接体に響く。上下左右に揺れ続けるので非常に乗り心地が悪い。

 比較的整備が行き届いているストルン街道ですらこうなのだ。だが、これよりも快適な移動手段は存在しない。

 「義母上様から頂戴した敷物があるので、随分楽になりました」

 アトラミエは椅子の上に置いた綿入りの敷物を示した。

 アトラミエと前公妃アトストフェイエの仲は良好だった。元々愛情が豊かだったアトストフェイエは、アトラミエを実の娘のように愛おしんだ。消息不明の娘ウリセファにできなかったことをアトラミエにしているのだろう。アトストフェイエは、ブロンテリル村のエネレアという少女も引き取り、侍女として身辺に置いていた。

 「で、話とは?」

 「公爵はご出陣なさるのですか?」

 「今回は、恐らくないな」

 ナルファスト公国は、ナインバッフ・グライスから最も遠い。まず負担の大きさから考えて出兵は免除される。それだけではなく、隣国アルテヴァーク王国の情勢も不安定なままだ。スルデワヌトが地方の反乱を鎮圧している間に、他の豪族が兵を挙げたのである。どうやらアルテヴァークのさらに東の国が干渉しているらしい。やはりナルファスト継承戦争への介入失敗が尾を引いているのだ。

 アルテヴァークの政情次第ではナルファストに火の粉が飛んでくる恐れもある。今、国を空けて兵を北に送る余裕はなかった。

 「カーリルン公にはお会いできたのか?」

 「はい。とても愉快で美しいお方でした」

 アルリフィーアは領地に引きこもっていたため、その美貌は噂の域を出なかった。だが、皇帝の葬儀に出席するために帝都に上ったことで彼女の美しさは多くの者に強い感銘を与えた。美姫と評判のカーリルン公とアトラミエが並んだ光景はさぞかし見事なことだろうとレーネットは想像した。

 先代のカーリルン公とレーネットの父はかつて、共にポルトヴィク王国に出兵したという仲であり交流も多かったと聞く。そのためカーリルン公には親近感を抱いていた。残念ながら、レーネットはアルリフィーアと面識がなく、今回もアルリフィーアに会う機会はなかった。

 それにしても、よもやあの監察使と義兄弟になるとは。やはりこの世は予想もできないことに満ちている。

 庶長子ウィン、嫡子ロレンフス。この不安定な関係が今後悪い方向に転がらねばよいが。この点では、皇帝は最悪の時期に崩御した。

 これに加えてロレンフスの奇妙な屈託。全くもってロレンフスらしくなかった。レーネットには、さまざまなことが良くない兆候を示しているように感じられてならなかった。兄弟で国を二分するという経験をしたレーネットには、人ごととは思えない。

 それだけではない。ソルブレー副伯(かつてのパルセリフィン公)の親族と家臣は、パルセリフィン公位を失った件でウィンを恨んでいると聞く。逆恨みも甚だしいが、ともかく彼はなぜか余計な恨みを買っているように見える。自分の力が及ぶ限り、妻の兄を不当な攻撃から守るつもりだが、帝都から遠いナルファストからどれほどのことができるのか……。まったく、この世はままならぬものだとレーネットは嘆息した。


 急に黙り込んで険しい表情になってしまったレーネットを、アトラミエは黙って見つめていた。


先代ナルファスト公と先代カーリルン公がポルトヴィク王国に出兵した話は『帝国軍とロメルト・クリズル戦争』をご参照ください。

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