舞台裏
一方、皇帝宮殿に戻った貴族たちは、身分ごとに割り当てられた詰め所や廊下で語り合っていた。ロレンフスの登極に反対する理由もないことから、選帝会議は順当な結果に終わるだろう。ロレンフスは潔癖過ぎるきらいはあるが、ティーレントゥム家による統治であれば大きな変化はあるまい。皆の意見は一致しており、不安げな様子は見られない。どうせこれまで通りだと高をくくっている。
ウィンとはぐれてしまったアルリフィーアは、特に知り合いもおらず、詰め所の窓から外を眺めていた。空には黒雲が広がっており、今にも雨が降り出しそうだった。
「率爾ながら、カーリルン公でいらっしゃいますか」
突然背後から声を掛けられて、アルリフィーアは口から心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。振り返ると、ウィンと同じくらいの身長の女性が立っていた。葬列の中にいた顔だ。そう、彼女は……。
「お初にお目にかかります。カレナーティアと申します」
スルヴァール王妃に先に名乗らせてしまったことに気付いて、アルリフィーアは慌てた。
「カ、カーリルン公ヴァル・ステルヴルア・アルリフィーアと申す。お、お見知りおきを。王妃」
動揺して少し噛んでしまった。やり直したい。
「カーリルン公とはぜひお話したいと思っておりました。ぜひ親しくしていただきたいわ」
「わ、ワシでよろしければぜひとも」
カレナーティアはクスリと笑ってアルリフィーアの手を取った。
「私のことはカレナーティアとお呼びになって。私もアルリフィーアとお呼びしても?」
「もちろんじゃ。カレナーティア様」
「では、アルリフィーア様」
「しかし、カーリルン公などさほど有力ではない。抱き込むに値する諸侯は他にいくらでもおりましょうに」
「帝国唯一の女公爵。女としては、これだけでも十分な理由になりましょう。それに……あなたは義理の姉上であらせられます」
「やはり我が夫が理由でありましたか」
「ラフェルス伯は今、不安定なお立場。我が夫はラフェルス伯に複雑な感情を抱いているご様子。良くない状況です。私たちが手を取り合って、最悪の事態を回避しなければなりません」
やはり、ウィンの存在はスルヴァール王に疎まれていたか。アルリフィーアの不安は的中していた。だが……。
ウィンとの出会いとカーリルン公領統一戦争によって、アルリフィーアはさらに思考することを学んだ。カレナーティアのこの発言の真意は何か。ロレンフスとウィンの離間を謀っている、という解釈も可能だ。それによって、カレナーティアは何を得ようとしているのか。それともロレンフスの意思なのか。
そうした疑念を、カレナーティアの目が否定している。カレナーティアは真剣に、真実を語っている。アルリフィーアは、理屈ではなく自分の直感を信じることにした。
アルリフィーアはカレナーティアの手をさらに強く握り返した。
「王妃……いえ皇妃。私と夫は皇帝に忠実であり続けるでしょう」
「何なに、ティーレントゥム家の嫁たちがカーンロンド家を滅ぼす密談?」
アルリフィーアがぎょっとして振り向くと、丸顔の小柄な女性が手を振りながら近づいてきた。言葉とは裏腹に、愛嬌のある笑顔である。
「彼女は、ドレングル伯妃のポールメリィ。私の幼なじみです。粗忽者ですが悪気はないのです」とカレナーティアが紹介した。
「ポールメリィ、冗談にしては猛毒ね」
「えへへ」
「ドレングル伯といえば……ワルヴァソン公の甥御殿か」
「そうなの! 敵同士、仲良くしましょうね」
「ポールメリィ……」
「怖い顔しないで、カレナーティア」
ポールメリィは舌をちょっと出して片目を閉じた。邪気が微塵もない女性だ、とアルリフィーアは思った。
「あなたがカーリルン公ね。噂通り、とっても美人。見とれちゃう。すぐ喧嘩したがる男たちを一緒に躾けてやりましょう。あ、夫が呼んでる。じゃ、またね!」
ポールメリィはアルリフィーアの手を取って一方的にまくし立てると、きびすを返してすたすたと去って行った。
「粗忽者ですが悪気はないのです……」
目を閉じて俯いてしまったカレナーティアを見て、アルリフィーアは吹き出してしまった。
帝都に上がることにこれまで関心がなかったが、こうして妻同士で交流するのも悪くないかもしれない。ウィンとフェルティスを守るためにも皇妃の力は必要だった。
その様子をじっと見つめる暗い目差しに、彼女たちは気付かなかった。




