選帝会議
枢機侯にもそれぞれ思うところがあるが、感傷に浸っている時間は与えられない。彼らは皇帝宮殿に戻ると、外廷にある枢機侯の間に集まって皇帝を選出する会議を始めた。
スルヴァール王およびゼンメルセ公ロレンフス
ワルヴァソン公インゼルロフト4世
ナインバッフ公ケルヴァーロ
マーセン公ガンデワイト
ニークリット公ソルドマイエ2世
ナルファスト公レーネット
の6人が、各自の席に着いた。ナルファスト公とマーセン公はやや緊張した面持ちで神妙に座っている。ニークリット公は、日頃の軽薄さはないものの、表情からは何を考えているかうかがい知れない。ナインバッフ公は口を固く結んで目をつむっている。ロレンフスは心ここにあらずという風情で、いつもの果断さを欠いているように見受けられる。
と、ワルヴァソン公は一同を見渡しながら観察した。特に、ロレンフスの表情が冴えないことに違和感を覚えた。父の死は確かに衝撃的なものだ。それは認める。だがここまで憔悴するほどのことか。父の死にあまり感情が動かなかったワルヴァソン公は首をひねったが、自分を基準に他者を測るものではないかもしれないと考え直した。
皆、口を開こうとしない。これでは埒があかない。ワルヴァソン公は最年長者として仕切ることにした。
「私も選帝会議は初めてゆえに勝手は分からぬが、慣例によるとまず自薦他薦を募るらしい。皇帝になりたい者は居るか?」
誰も口を開こうとしない。ワルヴァソン公は「ここでティーレントゥム家の嫡男が立候補するのが決まりだろうが」と内心で毒づいたが、何も言わなかった。代わりにロレンフスを睨み付けたが、ロレンフスはワルヴァソン公の方を見ようともせずうつむいたままだったので不発に終わった。
「立候補者はおらぬようだな。では他薦といこう。が、私は迂遠なことを好まぬ。要するに面倒だ。スルヴァール王を推戴するということでよかろう。意義がある者は居るか?」
ナルファスト公とナインバッフ公が「異議なし」と答え、他の者も頷いて賛意を示した。
「では全会一致だ。スルヴァール王を皇帝に推戴する」
こうして、帝国史上最短で皇帝が選出された。
本来の選帝会議は、短くても1カ月、最長では8カ月に及んだこともある。
なぜなら、選帝会議は皇帝候補、つまりスルヴァール王にとって弱みとなるからだ。選帝会議で皇帝に選出されなければ皇帝になれない。そのため、枢機侯たちは自分の1票を高く売り付けようとする。「あの領地が欲しい」「あの権益を得たい」などなど、スルヴァール王に条件を付ける。
だが、皇帝に選出される条件は「過半数」だ。全枢機侯の票を獲得する必要はないのである。票の条件を釣り上げ過ぎると、スルヴァール王の関心は他の枢機侯の票に移ってしまう。そうなると、何も得ることができないばかりか「スルヴァール王に投票した与党」からはじき出されることになる。
ティーレントゥム家はスルヴァール王とゼンメルセ公の座を得ているため、必要なのは2票のみ。こうして、枢機侯同士の駆け引きも生じる。票を皇帝に売り付けることができるのは2人だけ。3人は蚊帳の外に置かれる。欲張り過ぎると相手にされないが、できるだけ高く売り付けたい。他の4人はどのような要求をしているのか……。
スルヴァール王はこれを利用して、「それならば他の枢機侯に頼むとしよう」と言って枢機侯の要求を下げようとする。自分よりも控え目な要求をしている枢機侯がいるのか? それとも単なる牽制なのか? だが、枢機侯同士で相談することもできない。「この程度の要求にしよう」と談合しても、裏で抜け駆けされているかもしれない。
ワルヴァソン公は、迂遠なことは嫌いだが駆け引き合戦は嫌いではない。遊戯として楽しむ余裕があった。だが、屈託して覇気のないロレンフスを見て、ワルヴァソン公はやる気をなくした。闘争心のない者と戦っても面白くない。今のロレンフスは、ワルヴァソン公が戦うに値する存在ではなかった。
「その点、アートルザースはちょうど良い遊び相手であった」と思う。
皇帝に選出されながらあまり反応を見せないロレンフスを、レーネットは怪訝な表情で見つめていた。本来のロレンフスであれば、ここで選出の礼を述べつつ今後の方針を語りそうなものだ。うつむき気味でただ座っているロレンフスは、全くもって彼らしくなかった。
ソルドマイエ2世もまた、ロレンフスを眺めていた。その表情からは、何を考えているのか分からない。覇気のないロレンフスを面白がっているのか、それとも怒っているのか……。




