皇帝崩御
皇帝の容体が急変した。ロレンフスの使いとして皇帝の私室を訪れたインジョウは、皇帝が呼び掛けに応じないことを不審に思い、侍従長のマーティダを呼んだ。
侍従長のマーティダが皇帝の寝室に入ると、皇帝は既に息を引き取っていた。侍医が「脈に多少乱れがある」と見立てた通りだったということか。皇帝は苦悶の表情を浮かべていた。
マーティダはその足でロレンフスの私室を訪ね、事の次第を報告した。
ロレンフスは蒼白になり、椅子に倒れ込んだ。膝が揺れている。落ち着きなく視線を泳がせると、何度か大きく呼吸を繰り返した後、「そうか」とつぶやいた。常に冷静なロレンフスが動揺したことに、マーティダは意外な思いを禁じ得なかった。
ロレンフスは膝に肘を乗せ、組んだ手で額を支えて目をつむった。冷や汗だろうか。こめかみから顎にかけて一筋の汗が流れた。意見に相違があったとはいえ、実の父が突然身罷ったことにはこの聡明過ぎる青年でも耐え難いことなのかもしれない。
マーティダは、ロレンフスが落ち着くのを待つことにした。待つことには慣れている。それが侍従というものだ。
「いつだ」
「いつ、とは?」
「いつ身罷られた」
「しかとは分かりかねますが、まだ温こうございましたので、そう時はたっておらぬかと」
「そうか……」
ロレンフスは、再び瞑目して大きく息を吐き出した。
「陛下の崩御を秘すべき理由はない。まずは陛下の妻子に伝えろ。枢機侯にも通達せよ。宮内伯への開示は、当面は侍従職に限定する。委細は侍従長に任せる。慣例に則ってしかるべく進めろ」
「御意」
ここでのロレンフスの役目は、まさに「慣例に従って進めろ」という命令を発することであった。これでマーティダはしかるべき措置を取ることが可能になった。
5日後、慣例通り皇帝の崩御とロレンフスの摂政就任が公表された。




