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居眠り伯とオルドナ戦争  作者: 中里勇史
嵐の始まり

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皇帝不例

 帝都の政局が緊迫する中、「皇帝不例」が公表されて貴族たちの間に緊張が走った。時勢が時勢だけに、さまざまな臆測が飛び交い、帝都や皇帝宮殿には異様な雰囲気が漂っていた。

 皇帝の代わりにロレンフスが政務を見ることになり、彼に疑惑の目を向ける者も少なくなかった。ロレンフスは、「あくまでも一時的な代行である」と説明し、摂政には就かなかった。

 今回もまた、事情を知らない第三者の疑心暗鬼が過剰な雰囲気を醸しているだけであり、実情は大したことではない。侍医は、軽い過労に風邪が重なっただけであると診断した。脈に多少乱れがあるので心臓に多少の難はあるようだが、年齢から考えれば不思議なことではなかった。滋養があるものを摂って少し静養すれば良くなると言う。「ただしお酒を召すのはお控えくだされ」と言い残して、宮殿を後にした。

 皇帝を子供の頃から見ている医師だからかなりの高齢のはずだが、現役を貫いていた。幼い頃に苦い薬を飲まされた記憶があるためか、皇帝もこの侍医には逆らえず「うむ」と答えただけで反論しなかった。


 ロレンフスは、皇帝の執務室は使わず自室を臨時の執務室とした。侍従長のマーティダ他、多くの宮内伯が決裁すべき書類を持って入れ代わり立ち代わりやって来る。その合間に、陳情に来た貴族や平民を引見し、また書類の決裁や宮内伯らの進言に耳を傾けた。

 執務は早朝から夜に及んだ。ロレンフスも公領の君主として統治に当たっていたが、皇帝の仕事量ははるかに多い。ぶどう酒を片手にピンテルと雑談しているだけかと思ったが、そのような時間はないとは言わないが、実に少なかった。

 ロレンフスが息抜きできる時間は、カレナーティアやエルエンゾとの雑談程度になっていた。

 「殿下、少しお休みください」と言って、エルエンゾが茶の支度を始めた。カレナーティアは、諸侯の夫人たちと宮殿の離れで談笑しているらしい。女性たちの情報網を使って、妙な噂を打ちけすのだという。

 「大公妃は、時に平民のご婦人もお招きなさっているとか」

 「カレナーティアらしいな」

 人心の掌握はカレナーティアに任せておけばよかった。ロレンフスは目の前の政務に集中できた。

 やはり、宮内伯の粛清が必要だ。ロレンフスの確信は日に日に強まっていった。宮内伯の全てに問題があるわけではない。マーティダ兄弟やエルエンゾのように、分を弁えている者はいい。だがタッカツァーカらの増長振りは目に余る。こうした者たちが貴族たちの不満の元になっている。邪な意図を持った者や無能な者を排除して皇帝宮殿を清浄化する必要がある。宮内伯は使用人に過ぎないことを思い起こさせるべきである。

 ロレンフスは病床の皇帝の下に赴いた。病床といっても、寝台に入って静養しているだけで思考力は衰えていない。

 ロレンフスは、改めて宮内伯の浄化を訴えた。だが、皇帝の返答は「否」であった。

 善良で優秀な者はもちろん、無能な者にも使い道がある。清濁併せのむ度量も必要だ。それら全てを使いこなすべし、と言って皇帝はロレンフスに冷たい視線を向ける。

 宮内伯ごときが諸侯らを使嗾して争いの種をまくなど言語道断、帝国はもっと相和すべきであるとロレンフスは説いた。

 だが、帝国が相和すことなどないと皇帝は言う。

 「ラフェルス伯(ウィン)は帝国をもっと覚めた目で見ている。兄を見習うがいい」

 そして、皇帝はロレンフスにとって衝撃的な言葉を発した。

 「あれを庶子として正式に認め、国政に参加させる」


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