マーティダ兄弟
ヴァル・マーティダ・ディーイエは、トシーイエの執務室に居た。
「兄上、お呼びにより参上しました」
トシーイエはおもむろにうなずくと、弟に席を勧めてぶどう酒と杯を卓に並べた。
「他の宮内伯の様子はどうか」
「滑稽なほど動揺しております」
「ふん、日頃から他者を見下しているからそういうことになる」
トシーイエは2つの杯をぶどう酒で満たし、一つをディーイエに向けて押し出した。
「いつかこの日があると信じてラフェルス伯をお育てしたかいがあったというもの」
だが、トシーイエは微妙に顔をしかめた。
「あのときは陛下にお子がなく、予備としての価値があった。だが、今では元服を済ませた大公が複数いる。となると災いの種になるかも知れぬ」
「ラフェルス伯はわきまえておりますよ」
「大公はそうは思っていらっしゃらぬ」
「ロレンフス大公がですか」
ディーイエも表情を曇らせる。
「予備はあくまでも予備。ティーレントゥム家の繁栄の障害になるならば摘み取らねばならぬ」
「ラフェルス伯にはまだ使い道もありましょう。陛下にも何やらお考えがおありのご様子。結論を出すのは早計かと」
「よかろう。彼のことはお前に任せる」
トシーイエは杯を持ったまま立ち上がって、窓辺に近づいた。今日は天候が荒れていて、強風が雨を窓にたたきつけている。
「そういえば……ラフェルス伯は今でも奴隷がどうのと口走っているのか」
「アデン……ですな」
「そのアデンというのは、そもそも何だ?」
「十数年前に、ラフェルス伯の母親に手討ちにされた奴隷ですよ」




