ピンテル退場 その1
皇帝宮殿ではティーレントゥム家と十数の諸侯が集った祝宴が催されていた。
広間の中央は座興のために空けられており、その周りを取り囲むように宴席がしつらえられていた。楽団や吟遊詩人が入れ代わり立ち代わり登場して余興を提供する中、宴席の各人はめいめい談笑している。
皇帝の隣には、硬い表情のロレンフスが座っていた。決して皇帝の方に顔を向けない。
吟遊詩人が古帝国時代の叙事詩を歌い上げると腰をかがめて退出した。
続いて現れたのは宮廷道化師のピンテルだった。病を得て長らく出仕を控えていたピンテルの登場に、会場はざわめいた。
皇帝に向かってわざとらしく礼をするピンテル。
「久しいな、ピンテル。今日はどんな話を聞かせてくれるのか」と、皇帝が声をかけた。
「今宵は、一世一代の笑い話をご披露したく」
「ほう。早速始めよ」
ピンテルは再び深々と頭を下げると、おどけた顔で語り出した。
「昔々あるところに、一人の男がおりました。男は高貴で美しい娘をめとりながら、妻をほったらかして平民の女の家に通う毎日。ところが平民の女が身籠もると、男は恐れをなして女を捨てたのでございます。ああ、何と薄情なことか!」
「やがて妻も懐妊。すると男は平民の女のことが気になりだした! 妻が夜のお相手をしてくれなかったからか? 虫のいい話でございます」
ピンテルのおどけた口調と動き、話に出てきた男の情けなさが笑いを誘った。
「しかし女は行方不明。八方手を尽くしたものの見つからない。数年後、やっと手掛かりを得たと思ったら、女は死んでおりました。いたわしい話じゃございませんか」
「この不実な男は平民の女が生んだ子に長男と名付け、妻が産んだ子に次男と名付けたのでございます。ひどい話じゃありませんか」
会場がざわめき始めた。侍従長のヴァル・マーティダ・トシーイエと弟のディーイエが険しい顔をしている。
大公のムルラウとトールティスは訳が分からないという顔で、会場の異様な雰囲気に困惑している。
大公の中でただ一人、ロレンフスだけが手を握り締めてピンテルを睨み付けていた。
「長らく長男を捨て置いたその男は、長男が女公爵を口説き落としたとみるや爵位を与えて急に取り立て始めた! 何とも横着な話じゃありませんか、陛下!」
帝国に女公爵は一人しか居ない。その夫の名は「長男」という意味。そして、次男を意味する「ロレル」を思わせる名と言えば……。
「ピンテル! 余を愚弄するか!」
皇帝が立ち上がってピンテルを叱責した。
「陛下に最後の諫言でございます。長男殿と次男殿のお立場を明確になさいませ。その上でご長男を取り立てなされ」
「お前ごときが差し出口を挟むことではない」
「このままでは災いとなりましょう。曖昧にしてはいけません」
予想外の展開に、祝宴の出席者たちは身動きすらできなくなった。いくら無礼が許されている宮廷道化師といえども、これは度が過ぎるというものだ。
「もうよい。道化師、お前に死を与える」
会場を重苦しい静寂が支配した。誰も言葉を発しようとはしない。予想通りの展開になった。
「偉大なる皇帝よ、御意に従いましょう」
「最後の慈悲だ。好きな死に方を選ばせてやる」
ピンテルは、それを聞くとニヤリと笑った。
「しからば、老衰死を所望致します」
会場が再びざわめいた。
皇帝は眉一つ動かすことなくピンテルを見下ろしていた。
「よかろう。では老衰死を与える。お前の死にふさわしい場所も用意してやろう。それ以外の死に方は許さぬ」
ピンテルは改めて恭しく頭を垂れると、祝宴会場から去ってった。
ピンテルには、「死にふさわしい場所」として帝都の郊外に屋敷と使用人を与えられ、年金が下賜された。彼は何不自由なく暮らし、2年後に静かに息を引き取った。
祝宴の出席者たちは、ピンテルの最後の大見得と皇帝への切り返しを後々まで語り継ぎ、「さすが宮廷道化師よ」と褒めそやした。




