経緯
4部作で構成される短編小説の第一部作です。
(1)
私の名前はありす。中学二年生の14歳だ。
大阪の小さな村で一番のお金持ちの家に長女として生まれた。
幼いころは、病弱で喘息やら突発性発疹などで何度も病院で生死をさまよった。それが理由なのか母親から非常に大切にされ育った。小学校の時、おにごっこで転んだ小さなかすり傷でも、それをお母さんに見せると大けがでもしたかのように驚き病院に連れて行ったほどだ。
その次の日の話である。帰りの会の後、窓側の机から綺麗な鳥が群れになって飛んでいるのを見ていると、あるクラスメイトが「昨日のケガ痛そうやったなぁ、服も泥まみれになってもうて」と掛けたランドセルのねじれを直しながらいう。
「よかったね、新しい服また買ってもらえるね」横の席に座るロング髪の女の子が調子を合わせる。教室に残っていた全員が、下を向きながら笑うのが雰囲気に包まれて私の胸に刺さる。
「そうだね」と震えた細い声で答えて下を向きながら教室を出た。
汗が滴り、手が震える。涙が勝手に流れ落ちる。
金持ちというだけで、なんで私はこんなに嫌われるのだろう。きっと、私を転ばせるために強くタッチしたに間違いないのだから。なんで、みんなとおなじように笑えないのだろう。はやくお母さんに慰めてもらいたい。私は、世界で一番優しくてかわいいんだって言ってもらいたい。
帰り道は、今まで感じたことのない長さだった。
夕日に染まる空に消えていくカラスをみて、惨めな思いをした。
家に帰ると、台所の奥から「おかえりー」とお母さんが言った。私は、走って駆け寄ってお母さんの足を小さい腕で強く抱きしめがら大きな声で泣き叫んだ。
「頑張ったんだね」と作りかけの鍋の火を消して、きれいな白い手で私を包んでくれた。
「しんどいよ、昨日おにごっこで強く押されたのはやっぱりわざとだったんだ。ねぇ、お母さん私って生きてていいの?」涙と鼻水とが混ざって、顎から垂れる。
「生きてちゃいけない人間なんていないのよ。あなたは、相手を馬鹿にするんじゃなくて自分が悪いのかって問いかけれている。強くて優しい証拠よ。自慢の子だわ。」涙が瞼からあふれそうになるのを抑えながら笑顔で言った。
私は、それから傷つけるのではなく傷つけられる優しい人間なのだと思いお母さんのぬくもりの中で生きてきた。私が強くいれたのはお母さんのおかげだった。
中学校に入り、ソフトテニス部に入部した。病弱な私も、そろそろ強いからだを身につけなければいけないと感じたのである。
体験入部の時、一人だった私に声をかけてくれた同じ学年の優美ちゃんがいた。
私は優美ちゃんと一緒にお昼ご飯を食べて、部活に行って一緒に帰る毎日を送った。初めてできた友達で距離の縮め方はわからなかったが、優美ちゃんとは自然体でいれた。
ちょうどその頃、単身赴任で東京に行っていた父が家に帰っていた。
父は厳格な人で、病弱な私を嫌って弟ばかり可愛がっていた。いわゆる亭主関白と世間で呼ぶ父親であった。お母さんは、父に常に怯えるかのようにふるまい私もお母さんも家で肩身を狭くして暮らしていた。
先日、私がリビングで韓国ドラマを見ていると父の声が聞こえてきた。
「なんだこの点数は、お前は知っていたのか」
「知っていたわよ」とお母さんは答える。こないだの15点の小テストだとすぐわかり、リモコンを取りテレビのボリュームを下げた。
「なぜ、わしに言わんかったんや」息を荒立てながらテスト用紙をひらひらさせる。
「あなたに言ったら怒ると思って。あの子、最近友達ができたのよ。休みの日も遊びに行ったりしている姿を見て、私は嬉しくって。好きにさせてあげたいのよ」震えた声で答える。
「体が弱いんやから、勉強できんくてあいつに何ができるいうんや。」
「あの子には優しい心があるのよ、あなたもわかって頂戴」
「母親がそんなんやから、子供も似ついたんやろうが」お母さんの顔の近くで唾を飛ばす勢いで激しく怒鳴り髪の毛を掴み上に思いっきり引っ張る。お母さんは泣きながら強く目で訴えた。
私は、父の怒る姿に身震いしてしまい家から走って逃げた。私のためにお母さんが強く傷ついているというのに私は自分の身を優先した。池のある大きな公園のベンチに座って、帰りたくない一心で時間が過ぎるのを待った。夕日が落ちて薄暗くなると、急にお母さんが心配になった。街灯が照らす小さな道を走って帰った。
一戸建て横の大きな通りからパトカーのサイレンが2台か3台聞こえてきた。不吉な感じが私を襲った
家につくと、家の前にパトカーが2台とまっている。6歳の弟が片方の車両の後部座席に座っていた
「君、ここの家の子?」若手の警察官が私に帽子の先をくいっとあげて尋ねる。
「そうです。何があったんですか?」食い気味に尋ね返す
「近隣の方から通報があってね、女性が『たすけて』と泣き叫んでいる。と」
悪い予感が当たった気がして、家のドアを思いっきり開けた。靴を脱ぐことを忘れて、リビングに進む。フローリングの軋む音が響き渡る。リビングをあけるドアの下に鮮やかな血が飛んでいた。
「きっと、鼻血でも出たのだ」大丈夫。
そう思いながらリビングを開けると、そこには父が赤い血の池の中に体を浮かせていた。
目を大きく見開いた。心臓が強く鼓動するのが体を通して伝わる。きっと、長い間ベンチで座っていたせいで疲れているのだ。絶対にそうである。そうである。
「君、勝手に入っちゃだめだよ」家前の若手の警察官が追いかけてきた。
「どっきりか何かですよね。」そう言って、笑った。
「お母」「さん、お母さ」「んは今どこにいますか」心臓が激しく動き発声が乱れる
「いったん外に出ようか。今夜は、警察署に泊まろう。」
「お母さんはどこにいるんですか」何度もそう尋ねたが、若手の警察官は淋しそうな笑顔を私に向けて何も言わなかった。
警察署で、若手の警察官から父を殺したのはお母さんだと聞いた。
理解が追い付かず、一晩中待合室で泣き続けた。本当はわからないことにしたかったのだと思う。叔父が私と弟を向かいに来て、静岡の叔父の家に車で向かった。
叔父が、私に掛ける気遣いの言葉が今日起こったことは本当なのだと確信させていくようで黙って欲しかった。言葉を発する気力も出ないので、泣きながら頷くことだけをした。
高速を走る車のエンジン音ですら鬱陶しくて気が気ではないのを助長させた。
静岡の家に着いてから、私は一週間家から一歩も足を出さなかった。
固形物を食べることもできず、叔父の妻が買ってきてくれるゼリーと水だけを飲んで、寝もしず泣いた。家を出て行った私に気づいて、父が狂ったように追いかけようとしたのを抑えようとお母さんが包丁で脅したのであろう。それでも、追いかけようとする父を軽蔑し、我を忘れて殺してしまったのだ。
私は、その仮説を信じこみ罪悪感で苦しんだ。お母さんのいない世界に光などない。
叔父もその妻も私を憐れむような眼で私を見ることに息苦しさを覚え、叔父の財布から3万円を奪い、東京行きのバスを予約した。世界全部が敵に見えて、逃げたかった。
トー横と呼ばれる場所に家のない子供が集まることを1年ほど前にニュースで見たことがあったので、そこに向かうことにしたのである。
第二部作、10/26日に公開します。




