第15章 第4話 封印の裂け目
南方の大地が震え、夜空に黒い光が走った。
山腹に穿たれた巨大な裂け目――そこに黒衣の群れが集い、祈りを捧げていた。
数百もの声が重なり合い、地を揺るがす低音となって響き渡る。
「……封印を破り、母胎を迎え入れよ……」
典院長の声が、瘴気に満ちた風に乗って広がった。
大地から吹き上がる黒い靄は炎のように揺れ、裂け目をさらに拡大させていった。
次の瞬間、裂け目から奔流のように瘴気が噴き出した。
その波は森を枯れさせ、川を濁流に変え、空を覆う。
瘴気に触れた兵士たちは次々と呻き声を上げ、人ならざる姿へと変じていった。
「うわあああっ!」
「た、助け……」
彼らの悲鳴は次第に獣の咆哮に変わり、牙を剥いてこちらに襲いかかってきた。
マリアが震える声で叫んだ。
「やめて……彼らは仲間だったのに!」
私たちは必死に剣と杖を振るい、押し寄せる異形を食い止めた。
ラシードは血に濡れた身体で剣を振り抜き、倒れてもなお立ち上がる。
ライラは影のように走り、次々と喉を裂いた。
マリアは泣きながら光を放ち、倒れた者を必死に癒そうとした。
だが敵は無限に湧き出していた。
瘴気は大地そのものから生まれ、異形は止めどなく群れを成して襲いかかる。
「きりがない……!」
私は杖を握りしめ、声を荒げた。
戦いの渦の中で、典院長の声が再び響いた。
「見よ、英雄たちよ。
その手で救おうとした者が異形となり、仲間を喰らう。
お前たちの信念は、ただの夢想だ」
心臓を鷲掴みにされたような痛みが走った。
確かに――目の前で人が怪物へと変わり、剣で斬るしかなかった。
救いたいと願うほど、その願いが血に沈んでいく。
杖を握る手が震え、視界が滲む。
「……私の戦いは……意味があるのか……?」
胸の奥で、光が小さく揺らいだ。
裂け目はさらに拡がり、地鳴りと共に巨大な影が姿を現した。
それは、瘴気を孕んだ巨大な胎動――虚無の胎が目覚め始めていた。
地が裂け、空が赤黒く染まり、世界そのものが崩れ落ちるようだった。
仲間の叫びが遠く聞こえ、私はその場に膝をつきそうになった。
信念が――砕かれそうになっていた。




