第12章 第1話 帰還する者たち
南方の黒き神殿を後にしてから、幾日もかけて私たちは北を目指した。
砂漠を抜け、荒野を越え、緑の大地に戻るにつれて空気は軽くなったが、胸の重さは晴れなかった。
神殿に残された裂け目の影は、今も背後で脈打っているように感じられたからだ。
マリアは空を仰ぎながら、小さくつぶやいた。
「……早く知らせなきゃ。あの封印のこと、王都に」
私は頷き、手綱を握り直した。
「だが、王都も無事とは限らない。帰れば新たな戦いが待っている」
王都へ向かう街道は、以前より荒れていた。
盗賊がはびこり、難民の群れが道端に座り込んでいる。
子どもが母の裾を握りしめ、空の壺を抱えて泣いていた。
「王国の兵はどうした?」
ラシードが苛立った声で吐き捨てる。
通りかかった老人が答えた。
「兵は税を取り立てるだけで、守ってはくれん。
反乱軍が近くまで来ているのに、誰も助けちゃくれんのだ」
老人の目には怯えと怒りが宿っていた。
王国の守護が崩れ、市井の人々が見捨てられている現実がそこにあった。
宿場町に泊まった夜、酒場は異様な熱気に包まれていた。
酔った商人が声を荒げる。
「聞いたか? 辺境の反乱軍がまた勝ったらしい! 今や兵の半分は奴らに寝返った!」
別の客が続ける。
「王都だって時間の問題さ。腐った貴族どもを焼き払えってな」
ライラは静かに酒杯を傾け、低く笑った。
「……王国はもう末期ね。火をつけたのは誰か、わかる気がする」
その言葉に、私は頷いた。
「書架院。奴らが裏で糸を引いている」
部屋に戻ると、ラシードが苛立った声をあげた。
「国は民を見捨てた。なら俺たちは国を守る必要なんてあるのか?」
マリアが振り返り、必死に言った。
「でも、反乱軍が勝ったら……もっと人が傷つくかもしれないよ!」
「じゃあどうする? 国か反乱軍か、どっちにつく?」
その問いに私は沈黙した。
どちらにも正義がなく、どちらにも罪がある。
けれど人が犠牲になるのは、もう見たくなかった。
翌朝、私たちは再び馬を進めた。
遠くに王都の城壁が霞み、その向こうに高い塔がそびえている。
だが、かつての威光はなく、黒煙が空に漂っていた。
「……王都も荒れてる」
マリアの声には震えがあった。
私は仲間を見渡し、静かに言った。
「戻ってきた。だが、ここからが本当の試練だ」
馬蹄の音が乾いた大地に響き、王都の影が次第に近づいてきた。




