第11章 第1話 南方への道
カルナの街を発ったのは夜明け直後だった。
市場の焼け跡にはまだ煤の匂いが漂い、人々は再建に追われていた。
マリアは何度も振り返りながら歩き出した。
「……あの子たち、笑ってたね」
彼女が助けた子どもたちが、瓦礫の間で小さな声をあげていたのだ。
私は頷き、背を押すように言った。
「人は必ず立ち上がる。だから私たちも次へ進もう」
南方――そこには「黒き神殿」と呼ばれる古代の遺跡が眠っている。
封印が揺らぎ、瘴気が溢れ出しているという報せは、旅路をさらに重くした。
西方を離れると、大地は次第に赤みを帯び、乾いた風が頬を打った。
昼は容赦のない太陽が砂を焦がし、夜は骨の髄まで冷え込む。
砂丘の稜線を歩く度、駱駝の鈴がかすかに鳴り、風に掻き消されていく。
「暑い……もう溶けちゃいそう」
マリアがぐったりと杖に寄りかかると、ライラが肩をすくめた。
「砂漠なんてこんなもんよ。まだ幻覚を見ないだけマシ」
彼女の声には冗談めいた響きがあったが、その目は常に周囲を警戒していた。
ラシードは背に荷を背負い、無言で歩き続けていた。
彼は元商人らしく砂漠の道に詳しく、隊列を乱さぬよう進路を定めてくれている。
黄昏どき、砂丘の向こうから一団の影が現れた。
駱駝に乗った遊牧民の一族だった。
彼らは旅人を珍しげに見つめながらも、焚き火を囲む場に招いてくれた。
香辛料の利いた乳茶を飲みながら、族長が語り始めた。
「黒き神殿……あそこは大地の楔。
かつて天を裂こうとした魔神を封じた場所だ。
封印が破れれば、大地は荒れ果て、砂は血を飲むだろう」
マリアが息を呑み、私を見上げる。
「本当に……そんな危ない場所なの?」
「伝承ではそうだが、実際に揺らぎが始まっている。
南の村々は病に蝕まれ、草木は枯れ始めている」
族長の声は重く、焚き火の炎に照らされた顔は皺深く険しかった。
その夜、砂漠の星空の下で眠りにつく前、マリアがぽつりと呟いた。
「……リディア、わたし、ちょっと怖い」
「何が?」
「封印って、壊れちゃったら……もう直せないんじゃないかって。
それに、わたしにできることってあるのかなって」
私は彼女の手を握り返した。
「できるよ。あなたは守れる。人を、街を、そして大地を」
マリアの瞳が潤み、やがて小さな笑みが浮かんだ。
「……うん。怖くても、やってみる」
遠く、砂丘の向こうで風が唸った。
それはまるで、大地そのものが呻いているかのようだった。
翌朝、私たちは遊牧民の案内を受け、さらに南へと歩を進めた。
地平には黒い影のような山が現れ、その麓に「黒き神殿」が眠っていると告げられる。
瘴気を孕んだ風が吹き、喉を焼くような苦さが残った。
マリアが袖で口を覆い、かすかに震えた声で言った。
「……ここから先が、本当の始まりなんだね」
「そう。大陸の裂け目は、ここに集まっている」
砂漠の向こうに広がる黒き影が、私たちを待ち受けていた。




