第8章 第2話 王国からの使者
翌朝、北方都市の門前に異様な行列が現れた。
王国の紋章を刻んだ旗がはためき、白馬に跨った兵たちが整然と並ぶ。
街の人々がざわめきながらその光景を見守る。
「王国の特使が来たらしい」
「リディアを迎えに来たんだろう」
「英雄はもう王国のものになるのか、それとも……」
噂が広がり、視線が私へと集まった。
石造りの議場の前に立つと、豪奢な衣をまとった男が現れた。
鷹のように鋭い目、整えられた髭、薄い笑みを浮かべたその姿。
王国宰相直属の使者、ハロルドと名乗った。
「勇敢なるリディア殿。
黒砂の砦を崩したその偉業、王都においても語り草となっております」
彼は恭しく礼をしたが、その目には冷たい計算が宿っていた。
「王国はあなたを“英雄”として称えると同時に、王都にて正式に功績を表彰したい。
ゆえに直ちに王都へお戻りいただきたい」
広場に集まった群衆がざわめく。
「やはり王国はリディア様を認めたのだ!」
「王都に戻れば地位も名誉も手に入るぞ!」
マリアは不安げに私の袖を引いた。
「リディア……戻るの?」
私は微笑みを浮かべ、人々に聞こえるように答えた。
「私はただ、人々を守るために戦っただけです」
すると群衆から歓声が上がる。
だが、その陰で囁かれる声もあった。
「強すぎる……王国に従わねば危険だ」
「王都が監視下に置こうとしているのさ」
その日の夕刻、特使ハロルドは私を密かに呼び出した。
石畳の廊下を歩きながら、彼は声を潜めて囁く。
「リディア殿。王都はあなたを“剣”として必要としている。
ですが、もし逆らうのであれば――“脅威”と見なされましょう」
背筋に冷たいものが走った。
「私を利用するつもりなのね」
「利用ではない、共存だ。だが選択肢はひとつだ……王都に戻ることだ」
その言葉には、脅迫めいた重さがあった。
宿に戻ると、マリアが不機嫌そうに腕を組んでいた。
「どうせ、王国はリディアを道具にしたいだけでしょ。
そんなの、戻ったらまた苦しむだけじゃない!」
彼女の瞳は真っ直ぐだった。
「わたしは……リディアが自由でいてほしい。
だから、王国なんかに縛られないで」
私は思わず微笑んだ。
「ありがとう、マリア。……でも、人々を守るには王国の力も必要かもしれない」
「違うよ。リディアの力があれば、人は守れる。
わたしだって隣で戦うんだから!」
その強い言葉に、胸の奥で迷いが揺らいだ。
夜更け。
特使ハロルドが密かに部下へ命じる声を、偶然ライラが耳にした。
「彼女が従わぬなら、いずれ排除する。
英雄は民衆を扇動する火種にもなりかねん」
ライラはその場を離れ、険しい顔で私に報告した。
「やっぱりな……奴らは“称賛”と“排除”を同時に用意している」
私は深く息をつき、決意を固めた。
「簡単に王都へは戻らない。私たちの戦いは、王国のためだけじゃないから」
その頃、都市の裏路地では黒帆残党が再び動き出していた。
暗殺者たちが短剣を磨き、低く囁き合う。
「王国の特使が彼女を縛る前に、俺たちが消す……」
英雄として称えられる一方で、命を狙われる現実。
その影が、着実に迫っていた。




