第3章 第3話 火の街
その夜、王都は不自然なほど静かだった。
月は雲に隠れ、街灯もほとんど消えている。
いやな胸騒ぎがした。
「……来る」
私は杖を握り、倉庫の外に出た。
その瞬間、街のあちこちで炎が上がった。
「火事だ!」
「助けてくれ!」
民衆の叫びが響く。
宰相派の兵たちが火を放ち、家々を蹴破りながら進んでくる。
悲鳴と怒号が交じり、王都は一気に地獄と化した。
「マリア、結界を!」
「はい!」
マリアは杖を掲げ、両足を踏みしめる。
大きく息を吸い、詠唱を唱えた。
「ウィンド・ドーム!」
風が渦を巻き、炎の周囲に防壁を作る。
火は広がらず、街路に閉じ込められた。
「やった……! できたよ、リディア!」
「まだよ、集中を切らさないで!」
私は別の路地で火を消すために詠唱を始めた。
「ウォーター・スフィア!」
巨大な水球が空に浮かび、炎の上に落ちる。
蒸気が一気に立ち上り、視界が白くかすむ。
その中から、宰相派の兵が姿を現した。
「魔女を捕らえろ!」
カイルが剣を抜き、エリオが結界を張る。
私は火球を投げ、マリアの結界を強化する。
路地が赤と青に染まり、戦場は混沌とした光に満たされた。
「リディア、もう無理かも……!」
マリアの声が震える。
「大丈夫。私が隣にいる」
私は彼女の手に自分の魔力を重ねた。
風の壁が一気に強さを増し、炎と兵を押し返す。
「すごい……! リディアとつながってる!」
「そうよ、師弟じゃない。今は、共闘者よ!」
周囲の民衆が次々と集まり、手に手に武器や石を持って兵に立ち向かい始めた。
老婆が叫ぶ。
「もう黙ってはいられん! 王都は王都の民が守るんだ!」
その声が火種となり、王都中に反旗の声が広がった。
「宰相を倒せ!」
「リディア様に続け!」
宰相派の兵が後退する。
遠くで鐘が鳴り、街のあちこちから戦いの音が響き始める。
夜明け前、王都は炎と煙に包まれていたが、
民衆は決して退かなかった。
私は最後の火を消し終え、肩で息をした。
「……終わった?」
「いいえ、これは始まりよ」
私は杖を握り直す。
この混乱に乗じて、明日、宰相が決定的な行動に出るだろう。
それを止めるのは、私たちだ。
空が白み始めたころ、私は仲間たちと合流した。
カイルの鎧は煤で黒くなり、エリオのローブも泥だらけだ。
マリアは疲れていたが、目は力強かった。
「ねえ、リディア」
「何?」
「怖かったけど、……今、少し誇らしい」
私は微笑んだ。
「その誇りを忘れないで。明日、もっと大きな戦いが来る」
夜明けの光が街を照らす。
それはまるで、王都の夜明けが近いと告げるかのようだった。