第3章 第2話 宮廷の罠
王宮の庭園は静まり返っていた。
夜風に花々の香りが漂い、噴水の水面に月が映っている。
その前に、王太子エドリアンが立っていた。
「来てくれたのか……」
彼の声はかすかに掠れていた。
私は距離を保ったまま、杖を握りしめる。
「宰相の命令で呼び出したんじゃないでしょうね」
「違う。……君と話したかった」
その言葉に胸がざわめく。
でも、まだ信じられない。
「リディア、あの日のことをずっと悔いている。
私は、君を守るために追放という形を取ったが……
君の孤独を想像しなかった。あれがどれほど残酷かも」
エドリアンは拳を握る。
「今、宰相は王を病床に閉じ込め、軍を完全に掌握しようとしている。
君が戻ったことで、私にもまだ選べる道がある気がした」
「選べる道?」
「宰相に従うか、抗うかだ」
私は一歩踏み込んだ。
「なら、抗いなさい。王国のために」
その瞬間、庭園の四方から火矢が放たれた。
「罠か!」
カイルの声が響く。
私はとっさに結界を張り、矢を弾き落とした。
花壇が炎を上げ、宰相派の兵が四方から現れる。
「殿下、退避を!」
従者たちが叫ぶが、エドリアンは動かなかった。
「……やはり、宰相か」
「リディア、下がって!」
マリアが叫ぶ。
私は頷き、詠唱を唱える。
「ファイア・ランス!」
炎の槍が宰相派の兵をなぎ倒す。
カイルが剣を抜き、エリオが援護魔法を放つ。
「裏門から逃げるぞ!」
カイルの声に従い、私たちは庭園を駆け抜けた。
炎と剣光、怒号と足音が夜を裂く。
裏門近く、倒れた兵の懐から紙束がこぼれ落ちる。
私はそれを拾い上げた。
そこには宰相の印章と、王国軍の配置図、反対派貴族の暗殺計画が書かれていた。
「これだ……これが証拠」
私は震える指で紙を握りしめる。
兵たちを振り切り、私たちは裏通りに出た。
肩で息をする私の前に、エドリアンが現れた。
「私も戦う。……もう逃げない」
その目は、あの日とは違っていた。
弱さを隠さず、それでも真っ直ぐに前を見据えている。
「なら、宰相を倒したあと――あなたに答えを聞かせてもらうわ」
私は彼を見据えた。
「私を追放したあの日の真実を、全部」
「……約束する」
エドリアンが頷いた。
月明かりの下、私たちは再び倉庫へ戻った。
証拠を広げると、エリオが顔を強張らせる。
「明日には動かないと手遅れになる。宰相が反対派を一掃する前に」
「分かってる」
私は深く息を吐いた。
胸の奥が熱い。
「明日、決着をつける」
マリアが頷き、杖を握る。
カイルが剣を磨き、エリオが呪符を並べる。
みんなの目が、一つの方向を見ていた。
――明日は、王都の運命が決まる日になる。