第3章 第1話 決戦前夜
王都に潜入してから数日。
宰相の私兵は日増しに街を圧迫し、民の顔から笑みが消えていた。
市場では物価が二倍に跳ね上がり、空腹の子どもたちが物乞いの声を上げる。
私はその光景を見て、胸の奥がざらついた。
「このままじゃ暴動になるわね」
倉庫の隠し部屋。私は地図の上に手を置いた。
「それこそ宰相の狙いかもしれない」
エリオが険しい表情で言う。
「混乱を口実に王を廃し、戒厳令を敷いて支配を固める気だ」
「そんなの、絶対に許せない!」
マリアが拳を握りしめる。
私はその肩に手を置いた。
「だからこそ、今夜動くのよ」
作戦会議は長引いた。
エリオが王宮内部の見取り図を広げ、カイルが潜入ルートを指で示す。
「まずはこの塔を押さえる。鐘を鳴らされると一気に兵が集まるからな」
「わたし、結界を張る! 塔の周りに、誰も近づけないように」
マリアが張り切ると、エリオが苦笑した。
「できるか?」
「できます!」
私は微笑んだ。
「彼女はもう立派な弟子よ。心配ないわ」
倉庫の外では民衆が集まり、囁き声が広がっていた。
「宰相を討てるのか?」「本当に勝てるのか?」
私は扉を開け、彼らに向かって言った。
「私は追放された魔術師。王都に背を向けた人間よ。
でも、もう逃げない。この街を守るために戦う」
その言葉に、小さなどよめきが起きた。
やがて一人の老婆が杖をついて前に出る。
「なら、わしらも手を貸そう。
石畳に火をまき、宰相の兵が通れんようにしてやる」
「ありがとう」
私は深く頭を下げた。
その瞬間、民衆の中に火がともったようにざわめきが広がった。
夜。
作戦準備が整い、皆が武器や杖を磨いていると、外から馬蹄の音が響いた。
「……使者だ」
カイルが剣に手をかける。
入ってきたのは王宮の侍従服を着た若い男だった。
彼は私を見ると深く頭を下げる。
「リディア殿。殿下がお呼びです。今夜、王宮の庭園で会いたいと」
空気が張り詰めた。
マリアが心配そうに私を見上げる。
「罠かもしれないよ」
「ええ、分かってる。でも行くわ」
私は杖を握りしめた。
逃げる理由はもうどこにもない。
殿下と向き合い、すべてを終わらせるために。
王宮へ向かう路地は、月明かりに照らされて白く光っていた。
マリアとカイル、エリオが後ろをついてくる。
「気をつけろよ。お前がいなきゃ作戦は成り立たない」
「分かってる。……でも、これは私のけじめだから」
王宮の庭園が見えてきた。
夜風に花々の香りが漂い、噴水の水音が響いている。
美しい場所だった。
かつて、ここで彼と未来を語り合ったことがある。
「リディア」
暗がりから声がした。
王太子エドリアンが姿を現す。
月光に照らされたその顔は、あの日よりずっと疲れて見えた。
私は足を止め、杖を握り直す。
「殿下。今夜が最後の話し合いになるわ」
風が吹き、花弁が舞った。
決戦前夜の静けさが、かえって鼓動を早める。