第9話
華やかな家具がバランスよく配置された応接室で、優雅に紅茶を飲んでいる人物を眺める。
サラサラの黒髪は照明に当てられ艶やかに揺れる。アメジストのような紫の目を細める彼は、私の視線に気づくと爽やかに笑う。
私よりも2つ下の彼は、そんなことを感じさせない程大人びている。
年の割に身長が高く、既にレオルドを追い越しているのではないだろうか。華奢なレオルドと比べ、カイネルは鍛えているのか、身体付きもがっしりとしている。
昔はよく、姉として相手をしていたことを思い出す。
無邪気に弟のように甘えてきていた少年は、当時達観していた私には眩しかった。私がすることを褒め、凄いとキラキラとした瞳で見つめられるのは、悪くはなかった。
そんなカイネルは今では表情を作ることを覚え、王子然としている。
知的で理性的な紫の瞳に男らしく整った容姿。文武両道を地でいく彼は、努力も怠ることは無い。
そのため、カイネルを慕っている令嬢は多いと聞く。レオルドも観賞用には人気があったようだが、それでもカイネルには及ばなかった。
「本日はどのような要件で?」
カイネルは端的に尋ねる私へ、困ったように眉を下げると、手入れされた手を足の上で組む。
「兄上の件での謝罪と、慰謝料をクレア嬢に届けに来ました。まずは、兄が大変失礼致しました。」
そう言って王族である彼は、頭を下げた。
「頭をあげてください。貴方様が謝る必要などありません。」
本来なら王族である彼が、一貴族へ頭下げることは無い。それでもこれ程気を使っているのは、私が竜人だからだろう。
王家としては、私に国を出ていかれるのは困るのだ。
おそらく私が竜人でなければ、もう少し簡易的な謝罪で済んだだろう。この人も、とんだ役目を背負わされたものだ。
「既に慰謝料の受け取りには、公爵様のサインを貰いました。そして、これらは王家からクレア嬢への贈り物です。」
そうして示された荷物をチラリと見ると、思ったより奮発してくれたようだ。
向こうの有責とはいえ、私自身にも多少のキズは付く。全く気にしてはいないが。
既にお父様によって、サインが書かれた書類とは別に用意された物たち。
たくさんの箱はお詫びのしるしだろう。中には私のドレスだろうものが見える。
ドレスか……。
カイネルから目を逸らし、ラフな格好の私は姿勢を崩した。
レオルドからの命令と称して、私は常に騎士服やパンツスタイルだった。しかし、ただ単に私がドレスが嫌いなだけで、言い訳に丁度良かっただけの話だ。
その為、今もシャツにスラックス、ジャケットと令嬢のする格好ではないが、この家でそんなことを気にする者はいない。
ドレスなど貰っても着ることなどないだろうと、再度カイネルに視線を向ける。
「そうでしたか。ありがとうございます。……要件は以上で?」
ソファの背もたれに背を預け、組んだ足を投げ出して問いかける。
遠回しに早く帰れと伝えると、カイネルは少し困ったように笑う。
「もう、次の婚約者とかは決まっているのですか?」
「決める気はありませんよ。」
カイネルの質問にフッと笑うと、紅茶を口に含む。花の香りのする紅茶は、私のお気に入りだ。
私は王家以外の人間と婚姻を結ぶことはない。竜人の力を悪用されないためだ。カイネルは知っているはずなのに聞いてくるのは何故なのか。
「そうなのですか。クレア嬢ならすぐに決まるのかと思っていました。なにせ、あなたは素敵な人ですから。」
「……ふっ。お世辞など言われても、何も出ませんよ。」
「世辞などではないですよ。」
興味無さげな私の態度に、会話を続けるカイネルは、何を考えているのかよく分からない。レオルドと違って、表情を作ることが出来るこの人は、少しだけ扱いづらい。
私が貴族らしい会話は苦手だと思っていると、カイネルは手元のカップに視線を落とす。
「初めて話した時のことを覚えているでしょうか?」
いきなり昔話を始めた彼に私はほんのわずかに眉を顰めた。
初めて会った時のことなど、印象に残っていない。幼かった彼は私の無表情に少し怯えていたから。
関わらないようにしていたはずなのに、いつの間にか彼は私へキラキラとした瞳を向けてくるようになったのだ。
「……貴方様が怯えていたことなら。」
どう答えていいかわからずに、思い出したことを口にした。カイネルは、ふっ、と笑い手元のカップを撫でる。その姿が妙に絵になる。
「そうですね。当時、私にはあなたの考えが分からなかった。けれども、私はあなたの優しさが心地よかった。」
カイネルの言葉に、覚えのない私は首をかしげる。
そんな私を見たカイネルはいきなり立ち上がる。呆然としている間に、私の前に立つカイネル。
なんなのだろうと見上げると、私よりほんの少しだけ高い背を屈める。そして、優しく私の手を取って甲に口付けた。
「は?」
思わず漏れ出た声に、顔を上げたカイネルはニッコリ私へ微笑む。
「クレア嬢、私の妃になって頂きたいのです。」
予想外の出来事に、手を取られたまま固まってしまった。私ほど、妃という言葉が似合わない格好を、している令嬢はいないだろう。
「……誰の差し金でしょうか?」
カイネルに取られていた手をスっと引くと、カイネルは私を見て紫の瞳をぱちぱちとしている。なんとも年下らしい表情に、眉間のシワが緩む。
すると丸くしていた目を細め、カイネルは笑い出す。
「……ふふっ。そうですね。……貴方ならそう思うと知っていて、言わなかった私が悪い。」
「はぁ。」
カイネルは、適当な相槌を返した私をじっと見ると、私が座るソファのすぐ横に跪く。私より目線が低くなったその位置から見上げ、真剣な顔をした。
「昔から、あなたをお慕いしておりました。愛しています。クレア嬢、どうか私の妃になって頂きたい。」
「…………遠慮させていただきます。」
断りを入れたにも関わらず、カイネルは楽しげに笑っている。そして「なぜ?」と首を傾げる。
「……私に王妃は似合わない。言葉遣いも服装も。私はこれから先も変えることはないでしょう。」
事実を淡々と述べる私に、カイネルはおかしそうにクスクス笑っている。
「ふふ。では、私の好意が嫌ではないと受け取っても?」
「……言い方が気に入らない。私はどうでもいいと思っているだけです。」
「うん、嫌ではないと。」
カイネルの好意を、私が受け入れているかのような言い方に、ムッとして足を組み直す。何も言い返さない私に、カイネルは「今はそれだけ分かれば十分です」と言ってドアへ向かった。
帰るのかとその背中を目で追っていると、振り返ったカイネルはニッコリ笑って、可愛らしく小首をかしげる。
「国王には許可をとっています。……貴方のご両親にも。あとは、貴方の気持ち次第です。では。」
それだけ言ったカイネルは、呆然とする私を置いて去っていく。
「……え?」
ドアが閉じ、一人の空間で呟いた声は誰にも届かなかった。
次回日曜日に2話予定(૭ ᐕ)૭




