第8話
翌朝、目が覚めると既に日は高く、寝すぎたことが分かる。サイドテーブルの時計を確認して、朝食に間に合わないことを理解した私は、諦めてのんびりすることに決めた。
ため息をついて体を起こすと、隣の部屋である浴室のドアを開け、浴槽に手を翳してお湯を溜める。
本来なら時間がかかるこの作業も、魔法でなら一瞬ですむため、私は自室に使用人を入れることがほとんどない。
魔法は全ての人間が使えるが、階級がある。
人口の半数以上がEランクだと言われており、日常生活で魔法を使うのも効率が悪い。Aランクになると、上級魔術師でも難しい魔法を難なく使える。しかし、人口の1パーセントにも満たないため、稀有な存在だ。
竜人である私は、Sランクだと言われており、Aランクの魔法使いが十人ほどで発動させる転移魔法ですら、息をするように使える。
魔法は便利ではあるが、私の才が当たり前では無いと分かってから、人前で多用はしていない。
竜人だと勘繰られる事も、魔法が得意だからと何かを頼まれることも、面倒で仕方ないのだ。
ほんの数秒で浴槽に貯まったお湯を確認して、私は翳した手から魔力を注ぐのをやめた。
着ていたシャツやパンツを脱ぎ捨て、入れたばかりのお湯に浸かる。
昨夜魔法をかけはしたが、私は水浴びが案外好きなのだ。その為、時折こうしてのんびりとお湯に浸かる。
ぱしゃぱしゃと水が波立つ音が響く。
その音を聞きながら、ぼんやりと昨日のことを考えていた。
私は、何がしたいのだろう。
今までは示された道があり、その上をただ言われた通りに歩いていた。それが無くなってしまった今、私は迷子の子供のようにどこへ行けばいいのか、決めることが出来ないでいる。
将来してみたいことはあった。
しかし、それは家族がいる間にしたいことでは無いのだ。
私よりも、寿命の短い人間である彼らと過ごせる時間は限られている。
共にいられる間は、できる限りそばにいたい。
それが唯一、私の願いだった。
まぁ、まだ婚約破棄されたばかりで、時間はある。今すぐ決める必要は無いかと思い直した私は、ため息をついて、霧がかった思考を払うように顔を洗った。
満足した私は、浴槽から出ると魔法で体を乾かす。肩までの銀髪が少し濡れているが、放っておいてもすぐに乾く。
クローゼットから持ってきた、部屋着であるシャツとスラックスを着る。私は家でドレスなど着たことがない。
ふわふわと揺れる感覚がどうにも苦手で、機能性を重視した結果だった。
着替えが終わると、クローゼットにある、棚に並んだコロンを手に取る。丸い透明なガラスに青のキャップが輝く。
お気に入りのコロンは、柑橘系の爽やかな香りと、後からバニラの甘さがふんわりと香る。
幼い頃から甘ったるい香りが苦手で、男性用のコロンを使っていた私へ、お兄様が誕生日にくれた物だ。
ふと、クローゼットの奥に目を向けると、私に似合わない色のドレスたち。レオルドに貰ったドレスは、どれも流行のものを取揃えただけの、飾りものだった。
おそらく、レオルドが渋々使用人に指示したのだろう。
私も似たようなものなので文句はない。
今まで、王家からの物を売るのはと、仕方なく閉まっていた。しかし、売り払う大義名分を得たので、今度使用人に頼んで売ってもらうことに決めた。
ひんやりとしたコロンの瓶を元に戻し、寝室の奥のドアを開けると、優しい朝の香りが漂っていた。
私の執務室であるそこには、既に使用人が軽食を用意してくれたようで、出来たてのスープやパンが並んでいた。
執務机の上にある書類を手に取ると、シンプルな白いソファに腰掛ける。
食事が用意されているテーブルセットは、綺麗な花の彫刻が施されている。繊細な見た目を、私が気に入って購入した物だ。
手に取った資料を読みながら、片手でパンを齧る。本来なら、行儀が悪いと言われる行為だが、ここには咎める者はいない。
一通り目を通すと、資料を置いて食事に集中する。
野菜スープの優しい味に頬を緩めると、ドアをノックする音が聞こえ、ゆっくりと顔を上げた。
「入っていいよ。」
私が入室を促すと、お父様付きの侍従が立っていた。
「……お食事中に失礼します。お客様がお見えです。」
私がのんびりしているのに、申し訳なく思ったのだろう。少し躊躇った様子で告げられた言葉に、「誰?」と聞き返すと、あげられた名前に吹き出しそうになった。
「カイネル第二王子殿下です。」
次回金曜日にあげたい……^^;




