表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ものぐさ令嬢は永遠なんて信じない  作者: 海瑠トワ
第一章 クレア・ディーネ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/17

第6話

 ──私が生まれたのは、今から約十八年前。


 生まれた時、私の心臓の位置には、透き通ったガラスのような──あるいは、光の加減で宝石のようにも見える鱗が二枚、静かに存在していた。


 それを見た家族は産声よりも先に、私が“特別な存在”であることを理解したのだと思う。


 物心がつく頃には、私はすでに多くのことを理解していた。

 言葉を覚えるより先に、世界の理の一端に触れていたような、そんな感覚。


 ──これは、私しか知らないことかもしれないが。


 竜人という種族は、どうやら生まれた瞬間から、ある程度の“知識”を有しているらしい。人間には分からないだろう感覚。


 頭に浮かぶのは、行ったこともないはずの雪山の景色。

 凍てつく空気の匂いさえ思い出せそうな、あまりにも鮮明な白銀の世界。

 荒れ果てた大地、瓦礫の中に立ち尽くす人々の顔。その顔に浮かぶ、安堵と解放の入り混じった、何とも言えない感情の色。


 ──それは、私自身の記憶ではない。


 どこか他人の、もっと遠い誰かの物語。

 けれど確かに私の中に存在していたそれは、おそらく私の先祖──竜人たちの記憶なのだろう。


 感覚としては、曖昧な夢のようで、説明するのが難しい。

 本で読んだことがあるような、ふと何かの拍子に思い出したような……あるいは、最初からそこに在ったような。


 思考を巡らせるたびに、答えは霧のようにぼやけていく。

 だから私は、それを“神に与えられた知識”なのだと解釈することにした。

 大方、間違ってはいないだろうと思う。


 そんな私は、幼い頃から早くに言葉を理解し、発していた。

 周囲の大人たちと同じような口調で話し、ときに誰も知らないような知識を口にすることもあった。


 けれど、不思議と誰もそれを疑問には思わなかった。


 ──竜人である私は、それが“当然”だと受け入れられていたから。


 私の能力は、生まれ持ったものだ。

 知力、魔力、身体能力。いずれも人間の基準をはるかに超えていて、魔法に至っては私の得意分野だ。

 身体も頑丈で、病ひとつせず、倒れることなどなかった。


 だが、それと引き換えに、私はずっと何かを“持たず”にいた。


 喜び、悲しみ、怒り、哀しみ。

 周囲の人々が当たり前のように抱くそれらの感情が、私は希薄だった。


 感情がまったくないわけではない。

 けれど、それは身体より先に“思考”が先行してしまう。


 怒るよりも先に、「それは怒るべきことだ」と頭で理解し、悲しむよりも、「これは悲しい出来事だ」と認識する。

 だから、どこか現実の感情と、私の内側は、常に少しだけ乖離していた。


 素直に笑う者を、羨ましく思ったことがある。

 無邪気に涙を流す誰かに、ほんの少し憧れたこともあった。


 けれど、私の世界はいつだって静かで、淡く、どこか冷めていた。


 ほとんどの物は、「捨てろ」と言われれば、ためらうことなく捨てられる。

 私にとって、特別だったのは、家族だけだった。


 だからだろうか。

 第一王子・レオルドとの婚約が決まった時も、私は何の感情も抱かなかった。


 彼に無茶な命令をされたときでさえ、苛立ちよりも「面倒だ」という淡白な感想しか浮かばなかった。


 ──竜の契約を“婚約”という形にしたのは、お父様の提案だったらしい。

 数十年という長い時間、王家と深く関わる私の立場を思っての判断だったのだろう。


 きっと、私の家族は願っていたのだ。

 レオルドが、私を“人として”大切にしてくれることを。


 ──けれど、私はそれすらも、どこか他人事のように眺めていた。


「これから、どうされるおつもりですか。」


 探るような目線のクラウドの言葉に、意識が現実へと戻る。

 視線を向ければ、彼はまっすぐにこちらを見ていた。まるで、少しの揺らぎも見逃すまいとするような、研ぎ澄まされた眼差し。


「これから、とは?」


 息をついて紅茶を口に含んだ私は、カップの中で静かに波打つ液体を見つめた。

 濃い紅の色が、淡い光を受けてほんのりと輝く。そのゆらめきが、自身の心の奥底に触れてくるような気がして、ほんの一瞬だけ視線を落としたまま黙る。


 クラウドは私の答えを待っていた。

 組んだ指先がわずかに動いたのを見て、彼が考えあぐねているのだと分かる。やがて、言葉を選ぶように慎重な間を挟んで、彼は口を開いた。


「貴方の能力は、強大なものです。」


「……ええ。そうですね。」


 カップをソーサーに戻すと同時に、私は彼の顔を正面から見据えた。

 そして、はっきりと告げるように視線を逸らさずに言葉を続ける。


「それが何か?」


 私の視線に、一瞬だけクラウドの肩がぴくりと揺れた。

 誤魔化すように軽く咳払いをした彼は、やがて口元を引き締めると、深く一礼するように頭を下げた。


「……知力も魔力も、武力でさえ、貴方に敵う者はいません。それを──国のために使っていただけないでしょうか。」


 声は静かだったが、その奥には熱があった。

 それは忠臣としての責務と、同時に私個人への信頼と懇願の気持ちが織り交ぜられた、真摯なものだった。


 私はふっと鼻で笑い、ゆっくりと背凭れに身を預けた。


「やる気のない私が、要職に就くのは難しいでしょう。確かに実力はある。けれども、私には強い信念も正義感も、忠誠心もない。それを貴方方はご存じだと思いますが……それに、私に頼るような国は、この先やっていけないでしょう。」


 遠くを見るように目を細めた私は、窓の外に広がる星空に視線を移した。見慣れた景色が、不思議と遠く感じられた。


「……そうかもしれませんがっ……!」


 感情を抑えきれなくなったのか、クラウドは立ち上がりかけた。

 だがすぐに、ジークハルトが静かに、しかし有無を言わせぬ力でその肩を掴んだ。


「クラウド。」


 声は低く、けれど優しさが滲んでいた。

 クラウドははっとして、反射的に肩をすくめながら目を伏せた。


「クレア嬢が竜人だという事実は公にできない。騎士団でも文官でも、若い彼女が反発を受けることは目に見えている。」


 ジークハルトの言葉に、クラウドは唇を噛み締めた。拳をぎゅっと握りしめ、悔しそうに頭を下げる。


「……失礼しました。」


 その姿に、私はようやく少しだけ表情を緩めた。

 怒っていたわけではない。ただ、彼らの懸命な姿勢には、僅かに胸が熱を帯びる感覚を覚えたのだった。


「何かあれば言ってくれ。出来る限りの対応はしよう。」


 ジークハルトがそう言ってくれるのを聞きながら、私は立ち上がる。


「では、今日はこれで失礼します。」


 膝下の裾を軽く払って魔法陣を展開する。足元には淡く、虹色の光がにじみ始める。


「もう帰るのか。」


 ジークハルトが名残惜しそうに問いかける。

 彼の表情はどこか気まずく、けれど誠意を持って私を見ていた。


「ええ。お父様にも報告しないといけませんので。」


 微笑んで返すと、ジークハルトはほんの僅かに肩を落とし、目を伏せた。


「……そうだな。こちらからもすぐに、謝罪文と慰謝料を送る。申し訳ないが、少し周りも騒がしくなるだろう。クレア嬢は、暫くゆっくり過ごしてくれ。」


「ご配慮、感謝します。」


 三人の視線を背に受けながら、私は転移陣の中心へと歩を進めた。

 空気がふわりと揺れ、光が包み込む。次の瞬間、景色が切り替わる。


 視界の先には、馴染み深いディーネ公爵家の屋敷が静かに佇んでいた。

 夜の空気はひんやりとしていて、庭に咲く白い花が月明かりを受けて淡く光っていた。


 私はそっと目を閉じ、小さく息を吐いた。

 あたたかくも、静かな場所。

 ──ここが、私の帰る場所だった。



次回更新は月曜日かなぁ……( ˊᵕˋ ;)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ