第3話
「父上っ!」
慌てたように振り返ったレオルドは、国王と王妃の姿を見て固まってしまった。
さっきまでの威勢の良さが消え、つい嘲笑が漏れる。
「なぜ、王族であるお前が、騒ぎを起こしているのだと聞いている。」
婚約の破棄は既に報告されていることだろう。
問いただされている彼を横目に、何と言うのだろうと黙って眺める。
重々しい雰囲気に、周囲も息を飲んでいた。
「……それは――」
もごもごと口篭るレオルドは、口をパクパクとさせるだけで何も言えない。
「彼は、私のために――」
「そなたには聞いていない。」
威圧され黙ってしまったレオルドに変わり、ニコラが答えようとするが、それも国王に一蹴されてしまう。
状況を説明することさえも出来ないのかと、彼への評価をもう一つ下げた。
俯いて何も言わなくなったレオルドに、国王はため息をつくと呆れたように額に手を当てた。
「……なぜ勝手な事をしたのだ。この婚約は王家が頼み込んで成ったものだと説明しなかったか。」
その言葉に少し引っかかり、国王の考えを理解した。
「私からディーネ家に、正式に申し入れたと言っていただろう。」
レオルドは国王の言葉に驚いたように目を見開いている。おそらく、王家側からの打診ということを、口止めされていたのだろう。
この場でそれを明かしたということは、きっと私のためだ。
レオルドが貶めた私の価値を、それを明かすことによって最小限に抑えようとしてくれている。
本当にできたお方だ。
「ですが、父上――」
「もうよい。レオルドとそこのご令嬢を別室へ!」
レオルドが余計なことを言う前にと思ったのか、言葉を遮り騎士へ指示を出した。
すぐさま現れた騎士に腕を掴まれ、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てながら引き摺られていく。
その様子をぼんやりと眺めていると、いつの間にか近くに立っていた宰相に声を掛けられる。
「ディーネ嬢。国王陛下がお呼びです。」
私へ小さく頭を下げた宰相であるクラウドは、案内をしてくれる使用人を呼び、そのまま背を向けた。
夕飯を食べ損ねた私は、ガッカリした気持ちのまま使用人についていく。
「こちらで少々お待ちください。」
そう言われ、品のいい調度品が並ぶ応接室に通される。
ふかふかのソファに腰かけると、物静かなメイドがお茶を淹れてくれる。「ありがとう」と受けとり、温かく香りのいい紅茶を口に含んだ。
静かな部屋で一人息をつく。
白い騎士服で足を組み直した私は、そのまま背をソファに預けてくつろぐ。時間にしてはそう経ってはいないが、既に疲れてしまっていてこのまま帰りたい気分だった。
天井の豪華なシャンデリアを見ながら考え事をしていると、扉の前に気配がして少しだけ姿勢を正した。
開いた扉から国王であるジークハルトと、王妃アリスティアが現れる。それに続いてクラウドが入り、護衛やメイドは退出をするように指示をした。
足を組んだままニコリと微笑んだ私へ、護衛は眉を顰めたが、ジークハルトに促され渋々外へ出ていった。
静まり返る室内で、私の向かいに座った三人は項垂れるようにため息をついた。
「……はぁ。本当にすまなかった。クレア嬢にはたくさん迷惑をかけたことだろう。」
そう言って困ったように眉を下げるジークハルト。
初めての顔合わせの時も、似たような顔をしていたことを思い出す。
レオルドとの顔合わせの日。
お茶会と称して気軽に話をと、二人は気を使ってくれていた。怒って途中で出ていったレオルドに変わり、ジークハルトとアリスティアは私を歓迎してくれた。
レオルドとの関係は、そんな二人と私の家族のために続けていたようなものだ。
「いえ、別に構いません。私は契約が破棄になろうと気にしておりません。私にとって一番大事なものは家族ですから。……ディーネ家がある限り、国から出ることは無いでしょう。」
紅茶の香りを楽しみながらジークハルトに返すと、アリスティアは「クレアちゃんらしいわ」と小首を傾げる。
四十代になるはずの彼女は、そんなことを感じさせないほど、その仕草が似合っていた。
美しく厳しいと言われるアリスティアは、私のことを気に入ったらしく、教育といいながら二人でお茶会を楽しんでいた。
時折、第二王子であるカイネルも混じえて会話をすることもあり、とても良くしてもらっていた。
国王であるジークハルトとは、あまり話す機会はなかったが、お父様と仲がいいそうだ。
政治の面でも優秀で、人を大事にする方だと思っている。
レオルド以外の王族には家族のように接してもらい、いい関係を築けていたと自分では感じている。
「せっかく娘が出来ると思って、楽しみにしていたのに。レオルドは何をやっているのかしら。」
怒ったように呟くアリスティア。それを宥めるようにジークハルトは彼女の肩を撫でる。
「そうだな。張り切って準備していたんだがな。」
そう苦笑したあと、クラウドの咳払いが聞こえ、早く話せという表情が目に入る。催促を受けたジークハルトは、本題に入る。
「レオルドが宣言してしまったのだ。婚約は破棄ではないが、解消となる。レオルドの有責として周知させるが、多少瑕疵がついてしまうだろう。」
そう言ったジークハルトに、それはどうでもいいなと「はい」と続きを促した。
それをわかっているかのように、三人は眉を下げて苦笑している。
「気にしていなさそうだな。……それでだな、あの子爵令嬢は、クレア嬢にいじめられたとまではいかないが、意地悪を言われたと言っていた。具体的にと聞いても、『意地悪』としか言わなくてな。どんな話をしたか聞いてもいいだろうか。」
「まぁ、王族でない方と私の婚約は成り立たないでしょうから。……ノルディス嬢とは特に話した覚えは無いですが、話し掛けられた際に少し注意をしただけです。意地悪と向こうが捉えたのなら、ノルディス嬢にとってはそうなのでしょう。」
ニコラに話し掛けられた時も、私は無視をすることが多かった。それでも名前を呼ばれることだけは、私の中で納得がいかず、『名を呼ぶことを許可していない』と注意していた。
爵位が上の者には、許可を得てから名前を呼ぶのが貴族の常識だ。
それなのに彼女は私を『クレア様』と呼んでいた。同等にされたことで、ディーネ家を貶められた気分になり不快だった。
「まあ、そんなところだろうとは思っていたが……。レオルドはしばらく謹慎させる。教育をやり直すが、変わらなければ籍を抜くことも視野に入れねばならん……。」
すでに疲れた様子のジークハルトは、彼の日ごろの態度に悩んでいるらしい。静かに吐き出されたため息は、夜の静寂に消えていった。




