第2話
「はぁ。そうですか。」
興味無さげに答えた私へ、彼はさらに憤怒に顔を染め、美しいと言われる容姿を歪ませた。赤と金の大袈裟な衣装は、隣の少女とお揃いなのだろうが、派手な装飾が彼の薄い容姿を霞ませる。はっきり言って似合っていない。
「本当にお前は可愛げがない!僕はお前の隣にいることが心底恥ずかしかったんだ!」
「……ご自分の立場がお分かりで?」
淡々と事務的に聞くと、レオルドは握った拳を震わせる。
「僕は王子だ!いちいち口出しするな。大体、その格好はなんなんだ!女だというのに恥ずかしいとは思わないのか!?少しは着飾ってみせたらどうなんだ!」
そう言って彼は、騎士服を着た私を指さした。きちんと正装だというのに、気に入らないらしい。
「なぜ、いけないのでしょうか。」
真っ直ぐ目を見て問いかけると、レオルドは少しだけ怯み眉間に皺を寄せた。
「……うるさい!女らしい格好をしろと言っているんだ!」
「……レオルド様が言いましたよね。『お前のような怪力女はドレスなど似合わない。騎士の格好でもしていろ。』と。」
私が淡々と事実を述べると、周りの視線が彼へ集まる。ざわざわとし始めた周囲を、気にするように見回したレオルドは、顔を赤くして「そういう態度が嫌いなんだ」と叫んでいる。
幼い子どものような言い草に、段々と時間の無駄ではと思えてきた。
周りもそう感じたようで、大半が迷惑そうな顔をしていた。
「それに、お前が騎士のような真似事をしているからだろう!?」
そう言った横で、ビクリと肩を揺らし怯えたように私を見るニコラ。そんな彼女を宥めるように、レオルドは肩を抱いている。
しかし、理不尽を受けているのは私の方だ。
私の視線でさらに身を固くしたニコラへ、終始怒鳴っているのも、威圧しているのも、お前の隣の男だと言ってやりたい。
まぁ、図太い彼女の事だ。怯えた表情も、震えているのも、演技なのだろう。
小さくため息をついた私は、説明してあげることにした。
「……それはレオルド様が『僕を守るのがお前の役目だ』とおっしゃったからです。」
魔法が得意な私へ、レオルドは嫌がらせのように剣を持つように指示した。私が苦労するところが見たかったのだろうと思う。
しかし、当ては外れた。
言われた通り私は剣を握り、師事してくれた騎士の言うとおり振るってみせた。型を覚えるとあっという間だった。
最初はバカにしたように見学していたレオルドは、問題なく剣を振る私を忌々しそうに眺めていた。
そんな出来事を思い出し、少しバカにしたようにレオルドを真似て話すと、今にも掴みかかりそうな表情をしている。それにはニコラも流石に慌てて、彼を離さないとばかりに腕に巻きついた。
一向に進まない話し合いを、これ以上続けるのは馬鹿馬鹿しい。どうでもいい人に割く時間などないのだ。
「婚約破棄の件、承知しました。契約破棄の書類は準備されていますか?」
持っているグラスを傾け、果実水を口に含む。少しぬるくなってしまっているが、それでも美味しいことに変わりはない。
怒っていた彼は、私がそう言ったことで拳を下ろし、フンっと鼻を鳴らし使用人を呼んでいる。侍従が差し出した書類を乱雑に受け取ると、そのまま私へ突きつけた。
「早くサインをしろ。」
「……ディーネ公爵令嬢、こちらへ。」
既にレオルドの名が書かれている書類へ目を落とすと、彼の侍従が困ったように指し示した台へ向かう。
高価そうなペンを受け取り、サラサラと名前を書き記す。
その様子に周りは、勝手にしてもいいのかとヒソヒソと話しているが、私の知ったことでは無い。
どちらにしろ、こんな大勢の前でレオルドが大声で婚約破棄を宣言し、私がそれを了承したのだ。契約の破棄が早まっただけの話。
サインをし終え、書類とペンを渡すとレオルドは満足そうにニコラに微笑む。
「これで、ニコラと一緒にいれる。」
浅慮な考えに思わずフッ、と笑ってしまった。
「……何がおかしい?」
鋭い視線が突き刺さる。
この人はいちいち睨まないと会話ができないのだろうか。
「いえ、なにも?」
面倒臭い予感がしてしらを切る。
しかし、それで逃がしてくれるような人ではないのだ。
「はっきりと言え。何がおかしい!」
大声をあげ、騒ぎを起こし、なんて迷惑な人だ。
周囲の呆れた顔に気づかない二人へ、ため息をついた。
「本当に、彼女と一緒になるおつもりだったのだと思いまして。」
ゆらゆらとグラスを揺らしながら答えると、レオルドは「は?」と疑問を零す。
「いえ、思うだけならいいのです。ただ、本当にそうしたいのなら、どうするおつもりかと。」
説明をしたにも関わらず、彼は未だに意味が分からないという顔をする。そんなに難しいことは言っていないのだがな。
「……本当に、彼女が『王子妃』になれるとお思いで?」
「ニコラに資格がないというのか!?」
大きな声で怒鳴り散らす彼は、品性の欠片も感じさせない。
「……そんな、酷い……。」
涙目で見上げるニコラ。私は気にせず「はい、その通りですね」と即答する。
「……むしろ、なぜ相応しいとお考えで?爵位、能力共に特出するところはなく、政治的利用価値は無に等しい。……貴方様は、政治をおままごとと勘違いしているのでしょうか?」
子爵家の身分で王子妃となるには、それなりの利用価値が必要だ。特別な魔法の力、とびぬけた発想力。なんでもいい。とにかく自分の価値を証明する必要がある。
しかし、彼女は特出した才能など見受けられない。おそらく、王子妃となれるほどの価値を示すことは難しいだろう。
はっきりと告げた私の侮辱に二人して沈黙する。
それでも尚、レオルドは私を睨み続ける。
「私と婚約を破棄したところで、レオルド様には新しい婚約者ができるだけ。……ノルディス嬢はせいぜい愛妾、では?」
「うるさいっ!お前の意見など必要ない!」
現実を教えてあげたというのに、彼は理解したくないようだ。そこで、もう一つ、前から思っていたことを告げる。
「でしたら、お二人して平民になっては?政略が嫌、愛妾は嫌。そんなわがままは貴族では許されないでしょう?その点、平民は愛で婚姻を結んでいます。大変かもしれませんが、お似合いのお二人にぴったりでは?」
私の提案にニコラはそっと隣を見上げる。
おそらく、彼女はどこまでもレオルドについていく気だろう。
しかし、レオルドはそんなニコラに気付かず、喚き散らす。
「馬鹿にしているのか!?なぜ僕が平民に?あんな奴らと同じにするな!」
相変わらず凝り固まった思想を持っている。
私が呆れたように肩を竦めると、会場にコツコツと足音が響いた。
「レオルド。何をしている。」
鋭い金の瞳で真っ直ぐにレオルドを見た国王は、低くよく響く声で言い放った。
赤いマントを羽織った威厳のある立ち姿に、予定より早く帰ることが出来そうだと安堵していた。




