第17話
22時に間に合いませんでした……( ; ; )
お兄様の後をついて土の上を歩く。
清々しい風が髪を揺らして木々の揺れる音に心が和む。
「クレア、道が不安定だ。気をつけなさい。」
「……分かっていますよ。それに、これくらいは平気ですよ。」
私を振り返ったお兄様に苦笑して返す。
道が不安定とは言っても舗装されていないというだけ。森の中じゃあるまいし、全く心配症だ。
「それにしても、今日もゆっくりしてて良かったんだぞ?」
前を向いたお兄様に問い掛けられ、「久しぶりに体を動かそうと思って」と答える。
今日は天気もよく、領地の特産である果物畑に視察に行くと言うので着いてきた。元気な人で溢れる街の騒がしい空気も嫌いでは無いが、木の葉が揺れ、自然の匂いを感じる田舎の空気というのも悪くない。
それに、王都では経験できないことが知れたりするのも私にとっては好ましかった。
広大な耕地の近くに馬車を止め歩いている私たちを待っていたのは、ここらを取り纏める老年の夫婦だ。
「ようこそ、おいでくださいました。」
穏やかそうな男性がお兄様に声を掛ける。
お兄様も私も無表情なのに、慣れているのは幼い頃から何度も会っているからだろう。
「ああ、ジェラルド殿。忙しい時期にすまないな。」
辺りを見回して忙しそうにしている人々へ視線をやったお兄様はジェラルドへ手を差し出した。その手を握り返して「構いませんよ。ゆっくりしていってください」と握手を交わすと私を見る。
「今日は可愛らしいお客さんも一緒なのね。」
ジェラルドの隣に立っていた女性、ハンナがニコニコと笑った。
「お兄様に着いてきただけだから気にしないで。」
相も変わらずシャツにジャケット姿だが、可愛らしいという評価がついてくるのはよく分からない。ヒラヒラと手を振って先を促せば、「じゃあ」と農地の案内が始まった。
真っ赤に染った手のひら大の果物がたくさん木に生っている。木陰にリリアが用意したティーセットが並ぶ。長閑な空気に息をつけば、熟したクレイルの実を差し出される。
「今がいちばん美味しいのよ。」
「ありがとう。頂くよ。」
ハンナに渡されたクレイルの実を素早くリリアが切ってくれる。食べやすいように切り分けられた物を口に含むと、とても甘くみずみずしい。
不便がないか、調子はどうかと領民たちに話を聞きながら作物の様子を観察するお兄様は、もう既に立派な領主である。
まだ爵位は受け継いではいないが、仕事の出来はお父様も認めている程。判断力もあり、領民たちからの評価も高い。
きっと、私がいなくなっても問題なく繁栄していくことだろう。
「やっぱりここは、いいところだね。」
近くでお茶を淹れていたリリアに話しかければ、いつもの明るい笑顔が返ってくる。
「ずっと、ここにいてもいいんですよ。」
「それは、無理だなぁ。」
空を見上げて呟けば、リリアは答えが分かっていたように何も言わなくなる。少し悔しげに歪められた口元に、彼女の気持ちを嬉しく思った。
私はこれから先、何百年と姿が変わらない。
そんな私が人が溢れるこの街に定住することは出来ないのだ。ずっと同じ姿で過ごせば、聡い者は気づいてしまうだろうから。
「……世界中の珍しい物を見る旅に出るんだ。きっと、みんなが経験出来ないことだよ。羨ましいでしょ?」
ずっと決めていた。
怪しまれる前に家を出ること。
書物で見た景色や植物、存在するか分からない島や幻の生き物。それらを見る旅がしたいのだ。
おとぎ話といわれる存在がいるのは私自身がよく知っている。だからこそ、同じような存在がいるのではと、そう思っている。
潤んだ瞳に問い掛ければ、我慢していただろうものがポロポロと零れていく。
「そんな顔しないでよ。気が向いたら帰ってくるよ。」
「……はい。」
拗ねたような返事に苦笑すると、弱々しい力で腕を叩かれる。
こればかりはしょうがない。
自分がただの人間であれば、彼らと同じ時を過ごせたのだろうか。考えても無駄なことが心に一つ沈んで、喉の奥につっかえたように一瞬だけ唇が震えた気がした。
「リリア。私は大丈夫だ。」
そっと近づき頭を撫でてあげる。リリアはぎゅっと手を握ると、落ち着いたのか鼻を啜って、ハンカチで目元を拭いながら静かにお茶の用意に戻った。
忙しなく働く人々の背を眺めながら、この限りある時間を大切にしようと思った。




