第15話
涼しい朝の風を感じて伸びをする。
昨日は馬車の旅の疲れで早めに床についた。
やはりのんびり進んだとはいえ、体を動かせない状況というものは体が訛ってしまいそうだ。本当は思いっきり運動したい気分ではあったのだが、騎士たちの訓練に参加させてもらうのは流石に気が引けた。
いくら私が竜人とはいえ、公爵令嬢だ。
気を遣わせてしまうだろう。
「お嬢様、相変わらず朝早いですね。」
通りすがりの使用人たちに声をかけられ「まぁね」と返す。ここの使用人たちは昔から仕えてくれている者が多く、皆家族みたいなものなのだ。
王都の屋敷では魔法を控えていたが、ここでは気にする必要もなく、私も割とのびのびと生活出来る。
皆が交してくれた誓約書。そのおかげだ。
私が生まれた当初。お父様たちは直ぐに箝口令を敷いた。私の世話を一部の者に限定し、徹底的に姿を隠したそうだ。
だが、それにも限界がある。
だからこそ、この屋敷で働く者に制限をかけた。
話せなくなるのは『私に関すること』のみ。雇用する際に説明しているはずなので、理解していない者はいないと思う。
庭の花を眺めフラフラと歩く。
令嬢らしくない私だが、花は好きだった。
季節の移ろいを感じさせる花たちは、私がその瞬間に生きていることを実感することが出来る。
隣で私の部屋に飾る花を選んでいるリリアを眺め、ふと、思い出す。
――いつか世界中の花を見てみたいのです。
幼い頃、花を見ながら何気なくそう呟いた。
相手は少し驚いたように私を見て、無邪気に笑った。
――ぜひ、一緒に見たいです。
そう、誰かと話したような気もするが、その願いはきっと叶わないだろう。私はあの瞬間、なんて答えたのか、相手が誰だったのか、もう覚えていない。
おそらく、曖昧な返事をしたのではないか。
「一緒に、か……。」
「どうしました?」
リリアに問いかけられ首を振る。
「いや、なんでもないよ。戻ろう。もうそろそろ朝食の時間だ。お兄様が待っているだろう。」
「あっ!そうでした!今日はチーズたっぷりのオムレツですよー!楽しみです。」
ニコニコと上機嫌なリリアは朝からそれが楽しみだったようだ。
「たくさん食べるといい。」
私の言葉に「はい!」と元気よく返した彼女に笑って屋敷に足を向けた。
その日の午後。
お兄様は朝食後に視察に向かい、私は一階の温室で読書をしていた。
カチャ、という陶器の音に顔を上げると、ノーラというメイドと目が合う。紺色の髪をおさげにし、丸くした深緑の瞳が可愛らしい。
「も、申し訳ありません……っ!」
何について謝っているのか分からず首を傾げた。
「私は何もされていないよ。そんなに緊張しなくてもいい。私は貴族らしくないからな。練習台だと思ってくれていいよ。」
「もう!お嬢様!そうじゃありませんって!」
縮こまってしまったノーラの肩に手を置きながらリリアが声を上げた。
「ご自分がどれほど凄い存在か自覚がないなんて。」
「いや、流石にそれは理解してるよ。」
竜人が貴重な存在だときちんと分かっている。
私がそう恐れられる存在だということも。
「……はぁ、ノーラ!ちゃんと言わないとお嬢様には伝わらないわよ!」
「えぇ!?そ、そんな……。お、恐れ多いです……。」
リリアに注意されノーラはブンブンと首を横に振った。
「いや、なんでも言ってくれ。私は昔からリリアに察しが悪いと言われる。」
私の方を向いて固まってしまったノーラは、深呼吸するような仕草をしてぎゅっと胸の前で拳を握った。
「あっ!憧れていました!」
予想外の言葉にポカンとしてしまった。
「そ、その!お話できて光栄です!」
意気込んだ様子のノーラは、私を怖がっていた訳ではないらしい。
「まさか、伝説の存在とお話できるなんて、夢にも思っておりませんでした……!私、あのおとぎ話がすごく好きで好きで。いつも母に強請って読んでおりました!もちろんお嬢様は関係ないと分かっておりますが、竜人という種族に憧れておりまして――」
ペラペラと饒舌に語り出したノーラに呆気にとられ、口を挟めなくなってしまった。
「ノーラ!!ストップ!」
「むぐっ……!」
リリアに口を押さえられ、強制的に話を止められる。
「勢い良すぎだよ。流石にお嬢様もびっくりしてるから。」
呆れたように注意される様子から、普段のノーラはこっちなのだと理解した。
「ふふっ、面白い子だね。」
思わず笑ってしまえば、少し恥ずかしげに「光栄です……」と呟く。好きな物の話だと饒舌になってしまうタイプなのだろう。
「もっと話をしよう。ほら、二人とも座ってよ。」
本を閉じてテーブルに置くと、二人もアイコンタクトを交わして静かに椅子に腰かけた。
暖かい陽の光を浴びて、ノーラの心地よい話をリリアと共に聞いていた。




