第14話
豊かな自然の空気を吸い込んだ私は懐かしい景色に目を細めた。
レオルドと婚約する前は、領地でのんびりと過ごしていたことを思い出す。
お兄様のエスコートで馬車をおりると、屋敷の前に変わらない顔が並んでいる。
「お待ちしておりました。」
私たちに声をかけるのは、優しげなお爺さんの見た目だが、怒らせると怖いと噂のランドルフだ。
昔から屋敷の管理を任されている彼は、私たちの荷物を運ぶ使用人にテキパキと指示を出している。
「久しいな。少しの間だが世話になるな。」
「ええ。随分と立派になられましたね。懐かしゅうございます。」
お兄様はランドルフの言葉に「もう俺は子供ではないのだが」と少し不満気な様子だ。
「私はしばらくここに滞在するよ。」
「そうですか。かしこまりました。また孤児院や医療棟に顔を出されるといいですよ。彼らも会いたがっておりましたから。」
やることも無く暇だった当時の私は、孤児院や治療院に属する医療棟に入り浸っていた。
泣いたり笑ったり忙しない彼らを眺め、治療薬の改良に日々取り組む人々を感心しながら見守っていた。変わったお嬢様だと思われていただろうが、暖かい彼らとのやり取りは私も嫌いではなかった。
穏やかな顔で私を見たランドルフに「そうするよ」と頷いて、荷物が運び込まれたであろう部屋に向かった。
二階の日当たりのいい部屋。
「相変わらず綺麗にしてくれてるんだね。ありがとう。」
案内してくれたメイドにお礼を言うと、少し驚いた様子で「いえ……っ!」とすぐに立ち去っていく。覚えのない顔だと思ったら新人か。
私は初対面では無表情で怖がられるし、今も男と何ら変わらない服装だから仕方ないか。だが、ここでも振る舞いを変える気は無いので早々に慣れて欲しいものだ。
「お嬢様ー!!!」
聞き覚えのある騒がしい声に振り向けば、栗色の髪をふわふわと跳ねさせたメイドが駆け寄ってきた。飛びついてくる様子に咄嗟に受け止めれば、懐かしい顔が私を見上げる。
「……リリア。危ないよ?」
呆れて声に出せば赤褐色の瞳が歪んでいく。
「お、お嬢様が婚約を破棄されたと聞いてっ!私……私っ!どれだけ腸が煮えくり返ったか!」
ああ、ここまでそんな噂が広がっていたのか。
王都からだいぶ離れているのに、人の不幸というのは他人から見たら娯楽でしかないのだな。
まぁ、私は不幸でもなんでもないけども。
「ああ、心配かけたか。だが、気にしなくても良い。私はあの男に情の一欠片も感じていないんだよ。」
不敬な発言だが、ここでの言葉が漏れ出ることは絶対にない。ここで働く使用人は私の存在を知っていると同時に、雇用の際に誓約書にサインをしている。
『公爵家で知り得た情報は他言無用である』
それがここで働く者の絶対だった。
「そうだとしても許せません!」
拳を握って宣言するようなリリアの頭を、宥めるように撫でた。
「まぁ、まぁ。それよりもハーブティーを淹れてくれない?さっき、新人の子に頼もうと思ったんだけど。」
「ん?ああ!あの子ですね。ノーラは竜人に憧れてたので緊張しちゃったんでしょうね〜。私から注意しておきます。」
さっきの子はノーラというらしい。
「大丈夫だよ。私が無表情だから怖がらせたかも。怒ってたわけではないと伝えてて。」
手際よくお茶の用意を始めたリリアにそう言うと、少し呆れたように「そうじゃないけど、お嬢様には何言っても無駄なんで大丈夫です」と言われてしまう。
ソファに座ると窓から入り込む風を感じて心地いい。
「ところで、ここにはどのくらい滞在予定なんですか?」
淹れたてのハーブティーを受け取って爽やかな香りを楽しむ。
「特に決めてないよ。噂が少し落ち着くまではここにいるつもりだよ。」
カモミールのスッキリとした後味に息をつく。
「まぁ、そうですよね。お嬢様のせいではないとはいえ、噂が厄介ですし。」
貴族出身でない彼女は詳しくは聞いてないはずなのに、私のせいではないと確信しているみたいだ。
「……まぁ、私も何か悪いところがあったんだろう。」
でなければ、レオルドがあんなに私を憎む気持ちが強いと思えない。生理的に無理ということも有り得る話ではあるのだが、おそらく私の能力と態度、それらが気に入らないのだろう。
「全く。お嬢様は達観しすぎです。私はこんなに毎日足掻いているというのにっ!」
「……なにかしたいことがあるの?」
私の荷物を整理を始め、むくれた様子のリリアに問いかける。
「それはもちろん!素敵な旦那様を見つけることです!」
意気込んだように目を輝かせた彼女に呆気にとられた。
確かに、私より一つ年下の彼女は結婚適齢期だ。そう思っても不思議では無い。
「そ、そう。私は力を貸せそうにないから……頑張って。」
「えぇ〜!素敵な殿方のお知り合いとかいないですかー!?もちろんお貴族様でなくてもいいんです!」
そうは言われても、私に友人と呼べるような人物もいないし、交友関係は全くと言ってもいいほど皆無だった。
唯一普通に接してくれていたのは、カイネルだ。
思い浮かんだ顔を振り払ってリリアに首を振った。
「無理だね。私にそんな知り合いはいないよ。かろうじて城の騎士たちとは顔見知り程度だ。」
「……それって絶対近衛騎士じゃないですか。護衛と顔見知り程度って……。終わってますね。」
自分についている護衛とすら友人でもないと聞いたリリアは複雑な表情をした。
「仕方ないよ。私は婚約者に嫌われていたからね。私と仲良くすれば彼らが割を食うんだ。」
だからこそ、私は誰かに自分から進んで話しかけたりすることはなかった。私の行いで不利益を蒙った者を手助けするのも面倒で。
「だから諦めて自分で探してよ。私が紹介できるのはカイネル第二王子殿下だけだよ。」
「えぇ!?そ、それは……。」
身分の遠さに青ざめたリリアをフッと笑う。
「まぁ、あの方はいずれ、どこかの立派なご令嬢が相手になってくれるさ。」
むしろそうでないと困るのだ。
窓の外を見上げた私をリリアはじっと見た。
「なに?」
あまりにも不思議そうに私を見る彼女の視線が気になって問いかける。
「……お嬢様って……王子殿下を大事に思ってるんですね。」
「……は?なんでそう思った?」
私の疑問にリリアは「随分と心を許しているようなので」とよく分からない回答をする。いまさっきの文章のどこにそんな要素があったんだ。
私が少し考え込んでいる間に、作業を再開したリリアの手を止めるのも悪くて言葉を飲み込んだ。
少し冷めたハーブティーを口に含んで、揺らいだカップの中をじっと見つめていた。




