第13話
短めです( . .)"
夜が明けたばかりで空はまだ薄暗い。
ひんやりとした風を浴び、羽織っていた外套を掴む。まだ春の気配があちこちに残っており、空を見上げると、微かに香るラベンダーの匂いが鼻を掠めた。
ある程度の荷物を整理し、馬車へ詰め込む。
嵩張るようなドレスなどないし、日常的に使う小物にこだわりなどない私の荷物は、比較的少ないだろう。
「しばらく会えないのですね。」
最後の荷物を載せたところで、後ろから柔らかな声がかかる。
振り向けば寂しげに紫の目を細めたカイネルが、当たり前のように立っていた。
「王都は騒がしいですから。」
何故この場にいるのかなんて、無駄な質問はしないことにした私は、出発の準備をしながら答える。ディーネ領までは十日程かけ、馬車でのんびりと向かう予定だ。
馬や転移魔法の方が早いのだが、道中で金銭を落とし還元するのも貴族としての役目なのだ。という建前のもと、休暇を楽しむつもりだ。
「クレア。準備はできたかい?」
普段は鋭い緑の瞳を和らげ、私に問いかけるお兄様は、まるでカイネルのことなど目に入ってないようだ。そんなお兄様に苦笑したカイネルは小さく、くす、と笑う。
「準備できましたよ。お兄様も、忘れ物はないですか?」
今回はお兄様と二人で領地へ向かう。
丁度視察の予定があったらしく、私と合わせるために仕事を繰り上げたらしい。
「ああ。問題ない。じゃあ、行こうか。」
お兄様はそう言うと、私へ手を指し出す。
「もう、行ってしまうのですね。」
お兄様の手にそっと自分の冷たい手を乗せる。
私に声を掛けたであろうカイネルへ視線を送ると、お兄様が冷たく刺すように口を開いた。
「こんな朝早くに、俺の見送りなんて、ありがとうございます。」
いつもと変わらない平坦な声で、自分の見送りにしてしまうお兄様に笑ってしまった。お兄様の嫌味など、分かっていて笑うカイネルの方が、今は大人に見えてしまう。
「いえ、貴方方は王家にとって欠かせない存在ですから。」
大人げないお兄様をスルーして、カイネルは私にそっと近づいた。
彼がふと身を傾けると、風に乗って香りが届く。清らかで優しい、ネロリとラベンダー、それに重なるようなサンダルウッド。
カイネルらしい香りに、ほんの少しだけ緊張してしまった私は、お兄様の手をきゅっと掴んだ。
内心とは裏腹に、感情が出ない顔でカイネルを見上げると、彼は夜空のような綺麗な髪を揺らす。
「私は、待っています。」
何かを覚悟したかのようなカイネルは、真っ直ぐに私を見据えて宣言した。ずきんと胸が痛み、何も言えないことにほんの少し罪悪感のようなものが沸いた。そんな私の心情を理解したかのように、彼は曖昧に笑う。
今まで黙って見ていたお兄様は、私の手を引いて庇うように前に出た。
「俺はまだ、貴方を信用していない。」
「はい、承知しています。けれど、私の気持ちは本物です。」
真剣な顔をしたカイネルは、私をじっと見つめる。その熱い眼差しのせいか、ほんの少し私の顔が熱くなるのが分かった。
お兄様は、カイネルに向かってふん、と鼻を鳴らした。
そしてもう興味などないというように、くるりと背を向け、私を馬車に乗せた。
お兄様が乗り込むときにちらりと見えたカイネルは、なんだか満足げに見えた気がした。
「出してくれ。」
私の向かいに座ったお兄様の合図で馬車が走り出す。
長旅用の馬車は、広々としており、その広さが今は何故か落ち着かなかった。




