第11話
カイネルside続きです❁⃘
王宮で行われた貴族の令嬢・子息を集めたお茶会。
その日は、まだ12歳でデビュタント前だからと、大人しく庭園の端で本を読んでいた。来年から参加しなければと思うと同時に、貴族らしい振る舞いが苦手だと感じていた。
いつか覗き見た、あのギラギラとした視線を向けてくる者たちの中から、婚約者や側近を選ばなければいけないことに辟易していたのだ。
やわらかい日差しを感じながら花を眺めていると、ふと、甲高い笑い声が聞こえてきた。庭園の端にいたはずなのにと、ため息をつき場所を移動しようと腰を上げた時だった。
「ディーネ様はどうやって殿下の婚約者になったのですか?噂では、嫌がる殿下に無理やり婚約を取り付けたとか?」
「私も聞きましたわ。公爵家の権力を使って王家に取り入るつもりだとか。」
気分の悪い嘲笑が聞こえ、俺は思わず顔を歪めた。
声の方にそっと近づき、陰から確認をする。
庭園の真ん中に無表情で立っているクレア嬢。
そんな彼女を嘲笑うように扇を口元にあて、細めた目を向ける3人の令嬢たち。
俺の足は思わず彼女の方を向いていた。
しかし、真っ直ぐに令嬢たちを見た彼女の言葉で足を止めた。
「なりたいのでしたら、どうぞ。国王陛下へ申し上げてくださいませ。私の一存で決められる事ではありませんもの。たかが公爵家の令嬢の我儘で、王家が動くと思うのなら、あなた方もそうしては?」
挑発するように笑った彼女の言葉に、令嬢たちは何も言えなくなったようだった。
そのまま、フンと鼻を鳴らしどこかへ行ってしまった。
俺の出番などなかったと、踵を返そうとしてドキリと心臓が跳ねた。
彼女は去っていった令嬢たちを眺め、ほんの少し傷ついたような寂しげな顔をしていたから。
その瞬間、俺は理解した。
彼女は強い。けれども、何も思わないわけではない。
彼女には彼女の信念があり、それに基づいて行動している。無表情で淡々としているが、傷つかないわけではない。
彼女も確かに感情を持っているのだ。
俺はそんな彼女を守りたいと思った。
彼女の心からの笑顔を見たい。誰も見たことのない表情を彼女から引き出したい。
俺の憧れはいつしか恋情に変わっていたのだ。
しかし、それを理解したところで俺は想いを告げる勇気も、彼女の横に立つ資格もなかった。焦がれてやまない彼女の隣は、兄上のものだと決まっている。
俺は初めて兄上が羨ましく思えた。
勉学も魔法も俺より才があった。
努力が嫌いな兄上は、自分よりも成績のいい俺を敵視していたようだが、努力をしない俺など、平凡そのものだった。それでも、それは自分の行動次第でどうにかできた。
今まで呆れていた兄上の行動が、初めて理解ができた。
悔しかった。
いくら努力をしても手に入らないものがあることが。自分の心にぽっかりと穴が開いたような気がした。
理性では手に入らないとわかっているのに、心は彼女を渇望していた。すぐそこにいるのに、こんなにも遠い。
いつの間にか成長した自分と、そう変わらない背丈の彼女の背を眺めたまま、俺はしばらく立ち尽くしていた。視線を落とした時に見えた、踏まれて萎れている花が、悲しげに揺れていた。
それから、俺は彼女への気持ちを押し殺して王家の者として振舞っていた。どんな形でも、彼女のそばにいたかった。それが、弟のような立場だとしても。
それでも、彼女に見合うための努力は辞めることができなかった。
心の奥底で、期待していたのかもしれない。
だから、兄上が婚約破棄を宣言した時は、チャンスだと思えた。
神が俺に味方をしたのだと。
項垂れる父上と母上に、高揚する気持ちを隠して謁見を申し出た。
「クレア嬢へ求婚する許可をいただきたいのです。」
開口一番にそう述べた俺に、父上も母上も驚き顔を見合わせた。しばらく黙った後、少し渋い顔をして「それは難しいことだ」と言われた。
そんなこと分かっていた。
それでも、それで諦められたら、俺は今この場にいないのだ。
彼女に拒否されない限り、この想いを俺は諦めることができない。
厳しい顔をする2人に俺は真っ直ぐ目を見て続けた。
「彼女に嫌われでもしない限り、私の心は彼女への想いに囚われたままでしょう。何も初めから、彼女が欲しいとは言いません。チャンスをください。」
部屋に沈黙が落ちる。
初めて言った我儘だった。
緊張している俺に、父上はため息をつくと困ったように笑った。
「ディーネ嬢の家族には自分で許可を得なさい。」
「ありがとうございます。父上。」
俺が安堵してそういうと、母上も「厳しいかもしれないけれど、貴方なら大丈夫」と言ってくれる。その言葉に頷いて、早速行動しようと足早に部屋を出た。
用意された慰謝料と、彼女へのお詫びの品を馬車に詰め込み、ディーネ家へ走らせた。
ほんの少しだけ緊張して震える手を握り、いつも通りに馬車を降りる。
日当たりのいい応接室に通され、手の前には彼女と同じ色をした男性。
ディーネ公爵は、既に婚約破棄の事を彼女から聞いたようで俺に対する視線は鋭く見える。まずは兄上の代わりに謝罪をと、用意していた書類を取り出す。
公爵はため息をつきながらも、責任は兄上のみだと思っているという。
その言葉に少しだけ安堵し、本題に入ることとした。
「……本日は公爵様にお願いがあってまいりました。」
そう真っ直ぐに告げた俺に、少しだけ身構えるようにカップを置いた公爵は、彼女と同じ青い瞳を俺に向ける。
「クレア嬢へ求婚する許可を頂きたいのです。」
はっきりと口にした言葉に公爵は眉を顰めた。
「……王家は娘を利用するおつもりですか。」
そう取られても仕方ない申し出であることは理解していた。だからこそ、この人にはどんなに格好悪くとも俺の気持ちを伝えるべきだと思っていた。
「私は、クレア嬢を愛しています。今までは兄上の婚約者だからと割り切っていました。しかし、それでも諦めることが出来なかったのです。……一度でいいのです。彼女の口からはっきりと嫌だと言われない限り、私は後悔しながら生きることでしょう。」
いつもつけている貴族としての仮面をとって話す。公爵はそんな俺をじっと見つめる。
「……あの子が、竜人だとしても?……人と同じ時は刻めない。それをお分かりで?」
公爵が言いたいことはなんとなく分かった。彼女と俺の時間の感覚はきっと違う。千年ほど生きる彼女にとって、俺の一生など一瞬の出来事だろう。それでも──
「承知しています。それでも、私の気持ちは変わりません。……残される彼女を思えば、どちらがいいかは分かりません。ですが、一人で生きる必要などない。それを知って欲しいのです。」
そこまで言うと、公爵は手元のカップに視線を落としてため息をついた。その様子に断られると思った。
しかし、顔を上げた公爵が発した言葉は予想とは違っていた。
「……クレアがいいなら、いいでしょう。しかし、完全に認めた訳ではありません。……ですから、後日また足を運んでいただきたい。」
公爵はそれだけ言うと音を立てずに席を立つ。そしてそばに立っていた使用人へ「クレアを」と、彼女を呼ぶように指示した。
「ありがとうございます。」
公爵の背中へ頭を下げる。彼は俺へ視線を向けると少し口を開いてまた閉じる。何かを言いかけるような仕草をした後、「貴方に覚悟があるのなら」とだけ言って部屋を出た。
ソファに座り直した俺は、ほんの少し震える手を見て安堵した。
とりあえず、最初の段階は整った。
後は俺の頑張り次第だ。
手を強く握ると俺は息をつく。
努力は得意なのだ。
次は木曜日には……( ˊᵕˋ ;)




