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バレンタインチョコレートの差出人

作者: ウォーカー

 二月、バレンタインデー。

バレンタインチョコレートは、愛を運び、時に混乱をもたらす。

この年のバレンタインデーも、そうだった。


 その男子生徒は中学生。

通う学校は名門学校というわけでもなく、本人もありふれた生徒の一人。

特別に異性に人気があるわけでもなく、

バレンタインデーに義理チョコすら満足に貰った覚えがない。

「それでも、もしかしたら今年は誰かから本命チョコが貰えるかも。」

そんな淡い期待を胸に、バレンタインデーの今日も学校に登校する。

・・・そのはずだったのだが、さっそく朝からアクシデント発生。

朝寝坊をしてしまい、目が覚めた時間は遅刻ギリギリの時間だった。

「やばい!寝坊した!早く用意して出かけないと!」

布団から起きたばかりの男子生徒は、

散らかり放題の学習机の上に積んである教科書やノートを乱雑に掴み、

学生カバンの中に詰め込んでいく。

急いで学生服に着替えて、自室を飛び出した。

すると台所の母親から声が飛んでくる。

「やっと起きたの、この子は。

 毎日毎日、遅刻ギリギリなんだから。

 朝ご飯はどうするの?」

「いらない!そんな時間ない!いってきます!」

その男子生徒は朝食も取らず、急いで玄関から出ていった。


 朝から全力疾走した甲斐あって、

その男子生徒はなんとか遅刻せずに学校に到着できた。

汗を拭い周囲を見ると、教室の中がなんだか浮ついた雰囲気。

それも無理もない。今日はバレンタインデーなのだから。

その男子生徒が通う中学校では、

公的にはお菓子類の持ち込みは禁止されている。

だからバレンタインデーの義理チョコは基本的になし。

受け渡しされるのはバレンタインデーの本命チョコレートだけ。

それも先生に見つからないよう、大っぴらにはできない。

教室のあちらこちらで、こっそりと男女生徒が、

バレンタインチョコレートの受け渡しをしている。

チョコレートを渡す相手が被るなど特殊な場合を除けば、

バレンタインチョコレートを渡す方も貰う方も幸せそうにしている。

だが教室の残りのほとんどは、そんな幸せとは真逆の空気。

バレンタインデーの本命チョコレートを貰えなかった大多数の男子生徒たちは、

幸せそうな男女生徒たちの姿を恨めしそうに眺めていた。

その男子生徒も、どうやらその一人のようだった。

朝の授業が始まるまでいくら待てども、

誰もチョコレートを渡しに来てくれない。

一時限目、二時限目、

授業が終わるたびにトイレ以外にはどこにも行かずに席から離れなかったが、

誰か女子生徒がチョコレートを持ってくる、なんてことはなかった。

「ちぇっ、やっぱり今年もチョコレートは無しか。」

仕方がなく、その男子生徒は、給食の用意に加わった。

今日の給食は、いつもより美味しくないような気がした。


 その男子生徒は、給食を食べ終えて後片付けをして席に戻った。

昼休みはまだ残っているが、やはり誰もチョコレートを持ってくる気配はない。

その男子生徒はガッカリと、午後の授業の準備を始めようとした。

すると。

「・・・あれ?なんだこれ。」

机の中に見慣れない小箱が入っていた。

箱は小綺麗にラッピングされ、メッセージカードが添付されていた。

「英治くんへ」

小島英治というのは、その男子生徒の名前だ。

あわてて小箱を開けてみると、中には小さなチョコレートが入っていた。

「こっ、これ!バレンタインチョコだ!」

待望のバレンタインチョコレートを手に入れて、その男子生徒は小躍りした。

ひとしきり幸せを噛み締めて、今度は別の疑問が湧いてきた。

「このチョコレート、誰がくれたんだろう?」

バレンタインチョコはくれる人があって成立するもの。

この学校では義理チョコの類は受け渡しされていないので、

このチョコレートもきっと明確な差出人がいるはず。

チョコレートの箱を調べてみたが、差出人の名前などは書かれていなかった。

「うーん。このチョコ、誰がくれたんだろう?

 名前を名乗るのが恥ずかしかったのかな。」

しかしバレンタインチョコレートを誰がくれたのか気になるのは確か。

それにチョコレートをくれたお礼も言いたい。

だからその男子生徒は、チョコレートをくれた差出人を探すことにした。


 いつの間にか机の中に入っていたバレンタインチョコレート。

その男子生徒は、差出人を探すことにした。

昼休みの残り時間はそれほど多くなく、残された時間は少ない。

一も二もなく、その男子生徒は、

女子生徒たちに手当たり次第に聞いてみることにした。

「ねえ、僕の机にバレンタインチョコ入れてくれた?」

すると女子生徒たちからは、冷ややかな反応が返ってきた。

「わたしが小島くんにチョコをあげるわけないじゃない。」

「なんであたしがあんたなんかにチョコを?冗談はよしてよね。」

「わたしはあげてないよ。」

「わたしもまだ。」

「チョコレートが欲しかったら、普段の行動を改めたら?」

とうとうクラスの女子生徒全員に話を聞いてみたが、

チョコレートの差出人は見つからなかった。

他のクラスの生徒が教室に入ってくれば目立つので、

差出人が他のクラスの生徒ということは考えにくい。

それに、その男子生徒には、

バレンタインチョコレートのメッセージカードの筆跡に、

見覚えがあるような気がしていた。

「このカードの字、どっかで見た気がするんだよなぁ。

 だからやっぱりクラスの女子だと思うんだけど。

 ・・・うん?待てよ?」

その男子生徒は、ある可能性に気がついた。

それを調べるには、学校が終わるまで待たなければならなかった。


 その男子生徒の机の中に入っていたバレンタインチョコレート。

差出人は不明なまま、今日の学校の授業は終わってしまった。

しかし、その男子生徒には、ある心当たりがあった。

心当たりの場所へ向かうため、その男子生徒は教室を出た。

下駄箱で靴を履き替えて、学校を出る。

途中ですれ違った女子生徒たちには目もくれない。

その男子生徒は足早に歩き、たどり着いたのは、

他のどこでもない、自宅だった。

朝、出てきたばかりの自宅に戻ると、

やはり台所にいた母親が出迎えてくれた。

「おかえりなさい。」

しかしその男子生徒は、ただいまの挨拶もせず、

むっつりと黙ったまま、鞄に手を突っ込むと母親に差し出した。

「これ、母さんがくれたんでしょ?」

その男子生徒が手にしていたのは、

例の差出人不明のバレンタインチョコレート。

そのメッセージカードの筆跡に、その男子生徒は見覚えがあった。

そうしてたどり着いたのは、自宅にいる母親だった。

すると母親は当然といった風に答えた。

「ああ、それね。

 あんた、今年も誰からも、

 バレンタインチョコレートを貰えないだろうと思って、

 お母さんが用意してあげたんだよ。」

メッセージカードの筆跡に見覚えがあって当然。

友人どころか家族、それも母親の字だったからだ。

つまりこのバレンタインチョコレートは、

学校のクラスの誰かからの本命チョコレートではなく、

母親がくれた義理チョコだった。

いや、母親からのバレンタインチョコレートに義理も本命もない。

その男子生徒の喜びは糠喜びに変わり、今は怒りに変わっていた。

「母さん!なんでこんな紛らわしいことするんだよ!」

「紛らわしいって、何が?」

「学校でこのチョコを見つけて、差出人を探したんだよ。」

「あんた、このチョコ、学校に持っていっちゃったの?

 あたしはあんたの机の上に置いておいただけだよ。

 どうせ寝坊して、慌てて机の上の物をカバンに突っ込んだんでしょう。

 自分の失敗を母さんのせいにしないで頂戴。お礼も無しに失礼な。」

言われてみて、その男子生徒は気がついた。

確かに今朝は朝寝坊をして、

ろくに確認もせずに、机の上の物をカバンに入れて出かけたのだった。

せっかく母親は義理チョコを用意してくれたのに、

その男子生徒は母親に八つ当たりしてしまった。

怒りは反省に変わって、その男子生徒はすごすごと自室に帰っていった。


 そうして、その男子生徒にとって混乱のバレンタインデーが終わった次の日。

その男子生徒は今朝もまた朝寝坊をして、遅刻寸前に学校にたどり着いた。

カバンから教科書やノートを取り出して、机の中に押し込んでいく。

すると、机の中にまた違和感が。

机の中を覗くと、何やら小綺麗な小箱が入っていた。

取り出してみると、それはメッセージカードがついていて、

こんなことが書かれていた。

「昨日は渡しそびれて、一日遅れになってしまいました。

 わたしから英治くんへのバレンタインチョコレートです。

 受け取ってくれたら嬉しいです。

 恥ずかしいのでまだ名前は名乗らないけど、

 わたしの名前が伝わるといいな。」

これこそまごうことなき、本物のバレンタインチョコレートだった。

この学校には義理チョコは無い。

バレンタインチョコレートは即ち、女子から男子への告白を意味する。

その男子生徒は、一日遅れで、

本物のバレンタインチョコレートを貰えて、今度こそ喜びに踊りだした。

しかしそれもつかの間、ある事実に気がついた。

「このバレンタインチョコレート、また差出人不明だ。

 ってことは、また差出人を探さなきゃいけないのか?

 お礼を言わないわけにもいかないし、勘弁してくれよ~!」

幸せな悩みに頭を抱えるその男子生徒を、

すぐ近くから、ある女子生徒がこっそりと覗いて、

くすくすといたずらっぽい笑顔を浮かべていた。



終わり。


 今年のバレンタインデーはもう過ぎたので、

話の内容もバレンタインデーを過ぎた場合になりました。


作中の男子生徒こと小島英治くんは気がついていないようですが、

一日遅れの本命チョコレートをくれた相手と、英治くんは、

バレンタインデー当日にも話をしています。

いつか、英治くんは、奥ゆかしいその女子生徒のことを、

思い当たる時が来るでしょうか。


お読み頂きありがとうございました。


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