ep9 お礼は直接顔を合わせて
確か、今日は会合があるらしい。
……ちょっとした親戚の集まりみたいなモンだって聞いたけれど……本当にそうなのか?
「ふわぁぁ~……」
大きな欠伸をしながら、だいぶ朝早くに起きてしまった俺。
昨夜は横になったらすぐに寝ちまったみたいだし、俺はそんなに朝には弱い方ってわけじゃないから早起き自体は苦手ではない。それに、あの……目覚まし時計だったか?あの騒がしい音に起こされる方が嫌だと思った俺は本やらゲームと一緒に目覚まし時計も全部片づけてしまった。それでも、部屋にある時計を見て時間を確認すればまだまだ早朝といっても良い時間帯だろう。
「……ま、頭をスッキリさせるためにも、ちょっくら走ってくるかなー……」
ラフな格好に着替えるとまだ、他の奴らも寝ているらしく静かな家から抜け出せば家の周囲を軽く走ってみることにした。とにかく、一日でも早く、この鈍っている体に体力を付けるために。もちろん一朝一夕で体力がめちゃくちゃ付くはずがないってことは分かっている。けれど、毎日こうやって走っていけばいつかは必ず体力が付くはずだ。
が……やっぱり、そう長くは走ることができない体だから途中で止まってしまうわけで……。
「はぁっ、はぁっ……くそー……まだ、全然じゃねえか……この、だらしねえ体……いつになったら、まともな体力になるんだ……?」
走っては止まり、走っては止まり……を繰り返していきながらやっとのことで着いた商店街。さすがの商店街もまだ店自体は開いていないらしい。準備中、と書かれている店ばかりだった。別に店自体に用があるわけじゃなかったけれど……昨晩は、あちこちからいろいろな土産をもらってしまったことだから、もし誰か人がいれば礼の一つでも言っておきたかった。家の連中からは、貰ったモノは美味しくいただくことで、義理には義理で返しているから……と言っていたけれど、本当にそれだけで良いのか?人間って礼儀だとかも大切にするんじゃないのかよ。だったら、礼ぐらい直接言ったって良いじゃねえか。
「……あ」
「……あら!」
そう思っていた矢先、早めに店を開ける準備をしていたらしい酒屋の娘さんが俺と目が合った。まあ今の時間帯、出歩いている人間の方が珍しいからな。
「おはようございます!朝、早いんですね!」
「あ、あぁ……ちょっと、な。……あと、さ……昨日の……」
「あ、お世話になったお礼のお酒届けてくださいました?いつもお世話になっているからあのぐらいは当然ですよ!ウチだけじゃなくて、ここの商店街にいる人たちはみんな八神さんにお世話になっていますからね」
「えーっと……と、とにかく!昨日のこと、ありがとう……な」
「え?」
「つか、こっちは当たり前なことをしただけなのに……あんな重い……いや、酒までもらうなんて、こっちが貰い過ぎだろ?だから、礼は言っておきたくて……」
礼ってこんな感じで言えば良いんだよな。あんまり感謝の言葉を口にすることって慣れていないせいか、ちょっとぎこちなくなっちまったけれど、たぶん、言えたはず。すると酒屋の娘さんはきょとんとしてから満面の笑みを浮かべてくれた。
「こちらこそ!こんな早くから若の顔が見られて良かったです!なんだか若、だいぶ変わりましたね。いろいろと頑張っているのかしら?私、応援していますから!若なら素敵な跡継ぎになりますよ!」
「お、おう……」
『それじゃあ』と店の奥に引っ込んでしまった酒屋の娘さんを見送ってから、今度は家に向かって走りはじめた俺。……俺が変わっただと?当たり前だ。俺は彰人ってヤツじゃねえんだから。何故か知らんが、魔王だった俺がコイツの中に入ってしまったらしい。なら、元のコイツの中身は何処に行っちまったんだろうなあ?いろいろと不思議に思うことばかりだったが、酒屋の娘さんに礼を言えて良かった……と思っている。娘さんもちょっとは驚いていたみたいだったが、笑顔で応えてくれたしな。うんうん、やっぱり礼を返すのは当たり前のことなんだよ!
やっとの思いで(まだまだ体力が無くて帰りはもの凄くしんどかった)家に帰ると玄関で息を整えていれば何処からともなくイイ匂いが……これ、飯の匂いだよな。相変わらずイイ匂いがする。
「た、ただいま……はぁー……」
「お!?若!?こんな朝から出掛けていたんですかぃ!?」
「……走ったり、歩いたりしてた……」
「マジですかぃ!?凄いですね!まだ寝ているのかと思って静かに食事の支度をしていたんですが、既に出掛けていたとは!」
「あー……食事の支度してるんだろ?火、見てなくて良いのか?」
「あぁ!そうでしたそうでした!では、あっしは支度に戻らせてもらいますんで!」
今のは、ケンさんだったよな……。
だったら今日の飯も美味そうだ。つか、食事の支度は、たびたび変わるらしい。シンさん、テツさん、ケンさんとで当番でも決まっているのか、たびたび支度する順番は変わるが誰が当番になっても美味い飯が食えるっていうのはそれだけでじゅうぶん幸せなことだと思う。
「お、彰人か。朝早くから外か?はは、感心感心」
「……酒屋の娘さんに会ったよ。だから、昨日言いそびれてた礼を言ってきた……走りまわるついでに」
「お礼?ははは!なんだ、えらく熱心というか、礼儀正しくなってきたもんだなぁ」
「……礼って、やっぱ伝えた方が良いと思ったんだよ。顔を見て、そんで直接伝える。こうしなきゃ、本当に感謝ってモンは伝わらねえんじゃねえか?」
「お、おお……そうだな。人間、顔と顔を合わせて伝わることもあるしなあ」
「……もしかして、しない方が良かったか?」
「まさか!彰人が礼をしたい気持ちがあって、したことなら何も悪いことじゃあないさ」
相変わらずジイさんは『ははは』と愉快そうに笑いながら新聞に目を通しはじめてしまった。……まあ、今更『ダメじゃないか』とかって言われても遅いことだったんだけれど……ジイさんがそう言ってくれるなら良かった、かな。
俺も体はへとへと状態になったが、心は何処か軽くなった気持ちになって自室に戻ってラフな格好から着替えた。あれ、そう言えば会合……俺ってどんな恰好して行けば良いんだ?ジイさんはきっと、あの着物っぽい服装で行くんだよな……じゃあ、俺は?俺もあんな着物を着て行くことになるんだろうか……想像がつかん。まあ、そこら辺は、朝の食事のときにでも聞いてみれば良いか。
結局、Tシャツにパンツスタイルというラフな格好とそう変わらない感じに着替えると食卓に向かった。おっと、いけね。……食卓に着く前に、アレをしないといけないんだったか……。
彰人の亡き両親の写真が立てかけられている仏壇に、『線香』を、ともすという行為。誰かに言われたからというわけではなく、一応、俺が今この体に入っちまっているわけだから、いつ彰人本人に返せるか分からないけれど、しばらくは借りることにするぜ……という意味を含めて写真に映る彰人の両親に心の中でメッセージを送った。気のせいか……『気を付けてね』と言われたような気がしたのだが、周りには誰もいない。ジイさんは新聞を読んでいたしな。……やっぱ、気のせいか。
面と向かって、ありがとうとかお礼を伝える気持ちを持つことも大事ですし、実際に行動をしてみることも大切なことだと思います。すると気持ちっていうのものは不思議と相手に伝わっていくものですからね。
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