56. 第一皇子は暴かれる
エーゼルトの誘いに乗り、セルフィンは皇族専用の談話室に入った。ここは滅多に使われることがないため、入るのは初めてだ。
「兄上は、何か飲まれますかぁ?」
「いや、結構だよ」
エーゼルトが上機嫌で聞いてくるが、警戒してしまう。この場で己を害するようなことはないだろうが、何を考えているかわからないため油断はできない。
「くははっ、警戒してますねぇ。まあ、それもそうでしょうけどね」
エーゼルトは自らのグラスにワインを注ぎ、口をつけていた。
「さてさて、オレからの贈り物は気に入っていただけましたかぁ?」
「贈り物? 一体何のことだい?」
「決まってるじゃないですかぁ!!皇妃の失脚で・す・よ!」
あれが、贈り物だというのか。
確かに、狙いがわからないとはいえ敵勢力を削れたことは事実。エーゼルトの連れてきた証人と、証拠がなければあそこまでの成果は得られなかった。
「……そのことについては、感謝するよ。私ではあれ以上はどうしようもなかったからね」
「そこで感謝の言葉を口にできるのが兄上ですよねぇ」
エーゼルトは口の端を吊り上げて笑い、こちらを見ている。なぜ、これほどまでに楽しそうなのか理解に苦しむ。
「……兄上、なぜ俺があのような行動に出たのか、不思議に思っているでしょう?」
「それは、もちろんそうだが……」
あの行動はやはり不可解だ。
これまでのエーゼルトでは考えられない言動。それに、あの証拠を集めるためにはかなりの時間がかかったはずだ。
「俺はねぇ……兄上に勝ち目はないと思ってたんですよ。評判は良いが味方はおらず、その命は風前の灯だった。早いうちからそれに気づいた俺は、莫迦のフリをすることにしたんです。……何故だかわかりますかぁ?」
意味が、わからない。
「いや、わからないな」
「それじゃあ、面白くないでしょう?」
エーゼルトの瞳が輝きはじめた。
議場で皇妃を追い詰めた、あの瞳だ。
「勝ちの決まった勝負なんてつまらないにも程がある。だからせめて、こちらを下げておこうとしてたんですが……それも限界だった」
宙を見つめるその様子は、何かを思い出しているようだ。
「二年前の兄上の生誕祭。あの日に全てが終わると思っていた。兄上も、諦めているように見えたし」
エーゼルトが再びその瞳をこちらに向けた。
「でも、生き残った」
立ち上がり、大きく手を広げる。
「いや、生き残っただけでなく勢いを取り戻した!瞳には活力が満ち、勝負はまだ続いた!俺は本当に驚いたんだよ兄上。正直に言って、兄上のことはつまらないと思っていた。民のためと言って己のことは二の次で自我もなく働く人形でしかないってね。ちょっとでも面白くするために莫迦を演じていたけどあんまり期待はしてなかった。それがどうだ!あの状況から持ち直したんだ!!」
興奮したエーゼルトが饒舌に語る。
その熱量に、圧倒される。
「そして!!今回の事件だ!今回ばかりはどうしようもない。なんなら生誕祭の暗殺未遂の時よりも状況は悪かったんだ。意味がないとは思ったけど警戒を促したりもしたんだ。でもまあ流石に今回は無理かなと諦めてた。いや嘘ちょっぴり期待してたけど冷静に考えて生き残るのは不可能だと思ってたんだ。だけど!また!兄上は俺の予想を越えてきた!!生き延びたという知らせを聞いた時の俺の興奮がわかる!?」
これほどの人格を隠し通していたとは。
何が彼をそうさせたのだろう。
「だから、あれは贈り物なんだ。俺を楽しませてくれたお礼。そして、このままじゃ失礼だと思ったんだ。やっぱり俺が直接相手をしないと意味がないだろう? そのためには皇妃が邪魔だったからどちらにせよ好都合だったね。あぁ兄上、俺がここまで曝け出したんだ!これからもっと面白いものを見せてくれよ!?」
荒い息をしたエーゼルトが語り終える。
言っていることの意味は理解できるものではなかった。しかし、敵対する意思があることはわかった。
「私が君と争う必要はないだろう。帝位を欲しているようには見えない」
冷静に言葉を返す。
まだ、協力することも可能かもしれない。
「兄上は、そう言うよねぇ……」
エーゼルトはここで初めて、邪悪な笑みを浮かべた。
「サラマリア・マンノーラン」
それは、己の急所だった。
「サラマリアが、どうかしたのかい?」
動揺を欠片も見せず、返答する。
まさかここでその名が出るとは思っていなかったが、普段から気をつけていたおかげで平静を装えた。
「くふっ、流石は兄上。その感情は少しも漏らしはしないか。でも、俺にはわかるんだよ。兄上を変えたのは、サラマリア・マンノーランだ」
「サラマリアには確かに命を救ってもらったから、それは間違いではないね」
なんの問題もない。
この話題に関する想定問答など、いつもしている。
「ああ、そうだねぇ。でも、それだけじゃあないんだ。兄上がボロを出すとは思えないから勝手に喋るけど、あの専属護衛が大事なんだろう? それが、人としてなのか女としてなのかはわからないけどさぁ」
「それはもちろん大事だよ?」
「くくっ、ああ違う。違うんだよ兄上ぇ。貴方のそれはもっと大きくて、深くて、濃くて、暗くて、煮えたぎっているような感情だろう? 俺にはわかる。そして、皇帝も察している。これはきっと、この国の皇族の業なんだよ」
皇族の業だと?
こいつは何を言っているんだ。
「くははっ、あの生誕祭までは、兄上は違うんだと思っていたよ。清廉で、正しく、民のために行動する姿は人を導く者としては素晴らしい。だけど、そんなもので帝国がここまで大きくなったわけがない。誰よりも、誰よりも強い欲を持つ者が率いてきたからさ。あの日から、兄上の瞳に欲が宿った。兄上との血の繋がりを感じたのは、その時からだよ」
『芽生えた欲に従い、足掻いてみせよ』
皇帝に言われたことを思い出した。
あれは、己の瞳に欲を見出していたのか。
「兄上は、気づいてないの? いや、気づかないフリをしているのかな?」
楽しそうに、エーゼルトは語る。
「普通、あの女が大事なら護衛になんてつけないでしょう? 危険な場所になんて連れて行くわけないじゃない。特に今回なんて罠だとわかりきっていたんだよ?」
「サラマリアの能力を信じているからね」
「ああ、そうだね? 実際あの力はすごいよ。驚嘆するね。でもさ、絶対なんてないことくらい兄上はわかっているでしょう? 実際、あのゾラ家の者がいなければ命はなかったはずだ。それでも、兄上は連れて行った。何故かって? そんなの決まってる。自分が生き残り、あの女も手に入れるには、それが最も合理的で可能性が高かったからだ」
否定は、できなかった。
「ああ、別に悪いことじゃあないんだよ。むしろ好感が持てる。兄上も人間なんだ。いや、人一倍欲深いガルディスタン帝国の皇族なんだ」
返答など期待していないかのように、エーゼルトは扉に向かった。
「全てを手に入れるには、争うしかないんだよ。俺は、これまでも、これからも、俺自身の欲のために行動する。兄上にも、期待してるよ」
扉が閉まり、部屋に一人になった。
椅子に深く腰掛け、天井を仰ぎ見る。
まったく、己が欲深い人間だと……?
「そんなこと、わかっているさ」
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