51. キュライル軍団長
「いやぁ、面白いくらいに引っかかってくれましたねぇ。煽り甲斐がある御仁でした」
キュライル軍団長がにこやかに入ってきた。
サラマリアとしては、あまりに相手を煽るので不安になっていたが本人は気にしていない様子だ。
「殿下、ご安心ください。奴らは萎びて帰っていきましたよ。くくっ、彼らの顔を見せてあげたかったですねぇ」
なんというか、とてもすっきりした表情だ。
日頃の鬱憤が溜まっていたのだろうか。
「ありがとうございます、キュライル軍団長。ですが、貴方の立場が悪くなるのでは?」
そう、それは聞きながらずっと思っていた。
あまりにも煽りすぎて心配になっている。
「なぁに、心配はご無用ですよ。中央の者たちは我らを毛嫌いしておりますが、この国に必要であることは理解しているのでそうそう手出しはしてきません。それに……」
軍団長が真剣な顔で殿下を見つめる。
「セルフィン殿下が、皇帝になるのでしょう? ならば、何も問題はないはず」
その言葉は、とても真摯なもので。
「ははっ、間違いないな」
「くふふっ、未来の皇帝陛下に媚を売っておけば、私の将来も安泰というものです」
場の雰囲気が和らぐ。
キュライル軍団長は、その場の状況を掌握することに長けているように思う。
「さあさあ皆さんお疲れでしょう。よく食べて、今日はゆっくり体を休めてください。今後の予定などは、明日にしましょう」
「重ね重ね、感謝を。協力してくれた西方軍の皆にもよろしくお伝えください」
「これくらいは、なんてことありませんとも。鼻持ちならない第一騎士隊の奴らのあの顔を見れて爽快でしたし」
殿下を見る目には、信頼があった。
「それに、かつて共に戦った戦友を救うことに躊躇いなどありません。殿下、よく生きてここまで来てくれました」
「本当にありがとう。私をここまで守ってくれた者たちも、後ほど紹介するとしよう」
キュライル軍団長がこちらを見る。
「それはとても気になる話ですなぁ!では、食事の席を用意しておりますので、その際にでも」
そう言って、歩き出す。
砦ですれ違う兵士から、殿下はよく声をかけられていた。
『殿下!お久しぶりです!』
『また何か始めるんですか? 今度は俺も連れていってくださいよ!』
『訓練には参加するんですか!? 次こそは勝とうと特訓してたんですよ!』
雰囲気は明るい。
兵士からの声かけに、殿下はにこやかに応えている。かつて西方軍に身を置いた経験があると言っていたが、その時に皆の心を掴んでいたのだろう。
「いやぁ、人気者ですね殿下。私にはあんな風に話しかけてはくれないので、羨ましい限りですよ」
「まあ、軍団長に気軽に声をかける者などいまい」
「いや、皇族の方が声をかけづらいと思いますけどねぇ……」
キュライル軍団長はなんだか怖いので無理だろう。
軍団長という立場上、その方が良いとは思うが。
「さあ、ここですね。なにぶん軍の砦ですので豪華な食事とはいきませんが、ご容赦ください」
「そんなことはないさ。ありがとう」
案内された席につく。
久々のちゃんとした食事だ。
「さっそく、いただくとしようか」
***
「ほう、あのマンノーランの。噂には聞いていましたが、こんなに可憐な女性だったとは」
食事が始まり、穏やかな雰囲気となった。
セルフィンは、サラマリアたちを軍団長に紹介していた。
「サラマリアと申します。キュライル軍団長、今後ともよろしくお願いします」
「これはご丁寧にありがとうございます。ふむ、兄のカリアスとはまた違った才能があるようだ。殿下をよろしく頼みますね?」
「はい!」
さて、次はゼイドを紹介するのだが、悩ましい。
どのように紹介するべきか。
「こちらの男がもう一人の専属護衛であるゼイドです」
まあ、必要のないことは言わなくてもいいか。
ゼイドにとっては、気分のいいものではないだろう。
「殿下、たぶん軍団長殿は気づいてるから、俺のことは心配しなくていい」
逆にゼイドに気を遣わせてしまったか。
「……ふむ、まあなんとなくではあったが、やはりそうであったか」
キュライル軍団長には勘付かれていたようだ。
それならば、隠し立てする必要もない。
「これは失礼しました。では改めまして、私の専属護衛を務めているゼイド・ゾラです」
「よろしくお願いします。ゾラ家に対しては思うところもあるでしょうが、殿下には無縁のことですので」
ゼイドが補足してくれている通り、ゾラ家は西方軍からの印象が良くない。なにせ、独自の価値観で戦闘に介入してくるのだ。厄介でしかないだろう。
「ええ、もちろんわかっていますよ。それに、個人的にはゾラ家に対してそこまで嫌悪感を持っているわけではありません。戦力としては確かですし」
よかった、キュライル軍団長は問題なかったようだ。
「むしろ、ゾラ家の者が護衛になっていることに興味がそそられますねぇ。それに、ゼイドという名も聞き覚えがある」
目を細めて、ゼイドの方を見ている。
キュライル軍団長は西方軍に所属して長い。この辺りの情報にも精通しているのだろう。
「たしか、ゾラ剣爵家の最高傑作、でしたか」
「……昔の話です」
軍団長の言葉に、ゼイドが無表情で返している。
「なに、他意はありません。ですが、その実力のほどは気になるところですなぁ」
悪戯を思いついたような笑みを浮かべている。
「ここは一つ、私と手合わせ願えませんかねぇ?」
ああ、そんなところだろうと思った。
この人は切れ者の印象が広まっているが、その実、強者を見つければ腕試しを挑むほどの鍛錬好きだ。
「……殿下の判断に任せます」
ゼイドはこちらに丸投げしたようだ。
相手をしたくないという感情が伝わってくる。
だが、キュライル軍団長には今回の件で借りがあるため、断るのも憚られる。
「では、一手のみであれば許可しましょう。軍団長以外の方は、ご遠慮いただきたい」
ゼイドの弱点は体力だ。
西方軍は味方と考えているが、できるだけ弱味となる部分は隠しておきたい。一手ならば、問題はないだろう。
「おお、まさか通るとは!ええ、それで構いませんとも」
軍団長がにこやかだ。
そんなに戦ってみたかったのだろうか。
「ふふふ、ゾラ家の者と剣を交わす機会などそうそうありませんからねぇ。ああ、楽しみだ」
ゾラ剣爵家の一門は、戦場に出る以外は基本的に外界と接触せず領内で鍛錬している。戦場で手合わせを願うこともできないだろうから、ゼイドはうってつけの人材だろう。
「第一騎士隊のヤズイルを下したのもゼイド殿でしょう? 奴は騎士には相応しくなかったが、強さは本物でありました。気になるのも仕方ないでしょう?」
まあ、武人としては気になるのだろうか。
ゼイドには悪いことをしたかもしれないが、今回は頑張ってもらおう。
「ゼイド、すまないが頼んだよ」
「ああ、問題ないさ」
頼もしいことだ。
せっかく高次元の戦いが見られるのだから、しっかり己の糧としよう。
明日の朝、手合わせをすることを約束して解散した。
果たしてどうなるのだろうか。
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